2009年12月30日水曜日

レトルト天国ニッポン

12/30 (水) 晴れ

昨日は読者の Mizo さんと、焼き鳥 → おでん → ラーメン の順で日本の味を堪能した。
バンクーバーでの3カ月ではほとんど飲まなかったためか、ビール・ウーロン杯など7杯ですっかり酔っぱらってしまった。

今日は子供たちとモノポリーで盛り上がった。
ボードウォークに3回止まり、あっさり破産して負け。
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バンクーバーではウォシュレット付きのトイレがないため、日本のトイレ文化の偉大さを海外で思い知ることとなった。
逆に今回帰国してみて、日本のレトルト食品の種類の多さと価格の安さに感銘することになった。

例えばレトルトのカレーはバンクーバーの日本食のコンビニで手に入るのだが、確かおよそ 3.5 ドルくらいでしかも種類が少なかった。
Made in Canada のレトルトのカレーは、自分が知る限りはない。

今回行った地元のドラッグストアでは、以前は気付かなかったのだが、種類が豊富でしかも120円くらいで買えるのである。
スープも同様で、コーンスープやワカメスープ、はるさめスープなどが1箱3食で100円ちょっとで買えるので、大量に購入してしまった。

この寒いのにコーラとかスプライトとか飲みたくないので、日本茶のティーパックも大量に購入し、さらに家に置いてあった水筒も持って行くことにした。
年明けのバンクーバー行きの飛行機に乗せるスーツケースの中身は、ほとんどがレトルト食品関係になりそうな勢いである。

2009年12月28日月曜日

4キロやせた

12/28 (月) 雨のち晴れ

あたりまえだがやはり日本は落ち着くので、食欲がわいてビールもおいしい。
昼食も夕食も満腹になるまで食べた。

あんまり調子に乗って食べ過ぎて太っても困ると思って、夕食後に体重を測ってみた。
するとなんと日本出発前よりも4キロ近く減っていることに気づいた。
ヨメさんの反応は、「もっとやせてたかと思った」というものだった。

カナダにいる間は、一度も体重を測ったことがなかった。
確かに最近、ズボンのウェスト周囲はゆるいとは思っていた。

体重が減ってしまったのは、まず酒を飲まなくなったということが理由として挙げられると思う。
以前は1日おきくらいに飲んでいたが、バンクーバーでは飲んだとしても週1回程度だった。

気持ちのどこかで緊張していたということもあったのかもしれない。
食べ過ぎるよりはあまり食べない方が体調が良いので、体調をくずさないように、食べ過ぎないようにしようという気持ちはあったと思う。

2009年12月27日日曜日

帰りの飛行機にて

12/27 (日) くもり

26日(土)にバンクーバーを発ち、27日(日)夕方に成田に着いた。
成田は摂氏十数度ということだったが、しばしば氷点下になるバンクーバーよりも寒いような気がした。

バンクーバーでは飛行機に乗り込んだものの燃料計の故障とのことで、いったん降機させられるというアクシデントがあった。
15ドル分のお食事・喫茶券をもらって空港で昼食をとり、2時間遅れでバンクーバーを離陸した。

2時間遅れで出発したから2時間遅れで到着するのかと思ったら、成田に着いたのは1時間遅れだった。
機長さんは「遅れを取り戻すべくがんばったけど定時には着きませんでした」ってアナウンスしていたが、ということは飛行機はふだんは全力で飛んでいるわけではなく、本当はもっと頑張れるものだってことか?

帰りの便では映画を3本観たが、"District 9" が一番おもしろかった。
http://en.wikipedia.org/wiki/District_9

宇宙船が地球にやってきたものの帰れなくなり、しかたなくアフリカのある地域に隔離して住まわせることにしたという現実離れした話。
最初はドキュメンタリー調で話が進んで行くのだが、出演者がシリアスな表情で、
「私たちの税金を使ってエイリアンを住まわせるなんて許せない!」
などと画面に向かって憤っていたのが笑えた。

2009年12月26日土曜日

ダウンタウンのクリスマス

12/25 (金) 晴れ

右の写真はヨットハーバーから撮った North Vancouver で、山のてっぺんにうっすらと雪が積もっているのがわかる。

今日はクリスマスで祝日なのだが、ゲラ刷りと著作権に関する書類をファックスで送らないといけないので、誰もいない麻酔科のオフィスに行った。
自分の研究活動のために休日も入ることができるようにしてもらったのだが、本当にほかに誰もいないため、ID を持たずにトイレに行ったら二度と入れないとか、フェローの部屋の鍵を内側に置いてドアを閉めたら終わりだ・・・などと考えずにはいられなかった。
オフィスには2時間程度しかいなかったが、ずーっと緊張しっぱなしだった。

さて、ダウンタウンのクリスマスだが、Safeway や Sears、The Bay などの大手スーパーやデパートは完全に休みで、スターバックスコーヒーはやっているところと休みのところがあった。
マックは2つとも開いていた。
Subway も開いていた。

セブンイレブンはどこも開いていたため、ダウンタウンに住んでいればさほど困ることはないように感じた。
ちょっと郊外に行くと、また事情は異なるのだろう。

ダウンタウンのクリスマスは静かだが、クリスマスをはさんでその前後が買い物の時期のようである。
翌26日は Boxing day のため、この日にさまざまな商品を売りさばくためにどこの店もディスカウントの広告を出している。
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オフィスの行き帰りに Cambie Street の坂の上からダウンタウンの写真、美術館でオリンピックまでのカウントダウンの写真を撮ったので、ブログの Header を変えてみた。
また、気分を換えるために Navbar の色も変えてみたところ。

2009年12月25日金曜日

誰もいないオフィス

12/24 (木) 晴れ

クリスマス前日の今日は、ついに3階のオフィスから人が誰もいなくなってしまった。
何としてでも一時帰国の前には必要な文献をダウンロードしておきたかったので、今朝は8時前にオフィスに着いたのだが、麻酔科だけでなく他の部門の職員も誰もおらず、オフィス全体が真っ暗だった。

だだっ広い3階の部屋を独り占めしているようで気分がいい。
ふだんだとどうしても遠慮がちになるが、誰もいないのでパソコンでラジオを聴きながらマイペースで仕事をすすめた。

最近はいろいろなジャーナルから査読を依頼されることが増えたので、自分の研究だけでなく査読用にも文献を集めた。
査読はバンクーバーに着いてから急に増えた。
臨床に従事しておらず、時間だけは十分にあることがバレているのだろうか・・・。
同時に2つまでは受けることにしているが、今回は3つ重なったので1つは断った。

10時ごろ麻酔科ではない誰かが来て、午後2時ごろ帰って行った。
ご丁寧に電気を全部消して行ったので、自分の部屋が真っ暗になった。
全く気がついてくれていない・・・。

夕方は Bay デパートで、ついに大人用の赤いミトンを手に入れた。
それからハーバーセンターでお菓子類のお土産を買った。
ハーバーセンターの中は店が半分以上閉まっており、クリスマス体制になっているもよう。

夜のダウンタウンはやはり早々と店じまいしているところが多かった。
以前から気になっていたインド料理のようなテイクアウトの店に初めて行ったが、調理の時間がものすごくかかった上に注文を間違えられ、しかも味がイマイチだったので、ローテーションには決して組み込まないことにした。

2009年12月24日木曜日

クリスマスパーティ 英会話クラブ編

12/23 (水) くもり

クリスマスと年末を控え、オペ室の稼動数が日ごとに少なくなっている。
手術室の中の人もまばらで、人口密度が明らかに低下している。
昼食時に行くフードコートも人が少なく、街の労働人口自体が低下しているように感じる。

今日はダウンタウンにある英会話クラブのクリスマスパーティに招待してもらったので、夕方1時間半くらい参加してきた。
行ってみると日本人はワーホリを中心とした若い世代がほとんどで、あとはそこで英語を教えている、または日本語を学んでいるカナディアンが5人くらいいた。

パーティは12時からだったと思うが、参加者がどんどん入れ替わっているようだった。
ピザやケーキ、チョコがたくさんあったが、アルコールは禁とのことだった。
ワインがあればもっと良かったのに・・・。

ワーホリを卒業して別の資格というか身分で滞在している日本人数名と知り合う機会があった。
ワーホリ時代の思い出をいろいろ教えてもらったが、彼らの人生経験は海外ならではの冒険というか危険と隣り合わせのスリルに満ちたものだということがわかった。
麻酔科医のスリルとはずいぶん違っていた。

今回知り合った人たちに限らないのだが、ワーホリでカナダに来た時は英語が全く話せなかったという人が圧倒的に多いみたいで、それでも職探しに挑む姿勢には恐れ入るばかりである。
彼らと話していると、元気がもらえるような気がする。
彼らの話によると最近は "Work Permit" を得ることがかなり難しいらしく、申請の時点で即却下というパターンが多いらしい。

自分はバンクーバーに到着してまもなくからこの英会話クラブには週2~3回のペースで通っていたが、来年はもっとペースを上げてみようと思っている。
幸いなことに研究活動は思っていたよりも順調に行っているように思うので、もう少し欲を出して英会話も磨いていくことを来年の目標に据えるつもり。

2009年12月23日水曜日

ドメスティックだった「あきよしくみこ」

12/22 (火) 晴れ 

心電計の電極を正しい位置に貼るのは麻酔管理の基本中の基本だが、電極が3枚ではなく5枚用いる場合はちょっとあやしくなってくる。
通常は3枚のところ、胸部誘導が必要な場合は5枚になるのだが、そんな症例はたくさんあるわけではないので覚えずらい。

それで研修医の時に教わったのが「あきよしくみこ」で、右上肢から左下肢にむかって赤(あ)、黄色(き)、白(し)、黒(く)、緑(み)の順番となる。
覚えたのは20年近く前になるが、すでに脳ミソに溶け込んでしまって、忘れたくても忘れられない長期記憶となっている。
最近の医学生や若いドクターの中には秋吉久美子を知らない人が大勢いいるが、自分の少しあいまいな記憶をたどると、平凡パン●やプレイボー●のグラビアで活躍していたような気がする。

今朝、オペ室で患者さんの左側に立っていたら、レジデントの S 先生が患者さんの左側に電極を貼ってくれと、自分に3枚コードつきで渡してきた。
見ると赤いコード付きの電極が含まれている。

明らかに日本人でない彼女に「あきよしくみこ」を説明してもしかたがないのだが、一応、教育のためと思い、「赤いコードは右肩って決まってるんだよ・・・」と言おうとした。
まったくもうこんなことも知らないなんて・・・っていう態度で言ってたかも。
が、最後まで言い終わらないうちに、赤いコードに "LL" と書いてあるのに気がついた。

思わず途中で言葉を飲み込んでしまったために、S 先生も「??」って感じで、近くにいた指導医の P 先生も「??」、ナースも「??」、前投薬がよく効いた患者さんは "zzz・・・"。
コードの接続部にあるカラーコードの説明を見たら、なんと日本とは全く違うことがわかった。
カナダでは「あきよしくみこ」は通用しない・・・。

日本ではコンスタントに活躍している本家本元の秋吉久美子が海外で活躍しているのかどうかは知らないが、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E5%90%89%E4%B9%85%E7%BE%8E%E5%AD%90
こちらの「あきよしくみこ」は必ずしもインターナショナルではないようである。

2009年12月22日火曜日

プロトコール完成?

12/21 (月) 雨 夕方からくもり

現在、二つの臨床研究案があり、まずそのうちの一つについて計画を立てている。
それは疫学に関するものなので、計画ができて倫理委員会の承認が得られさえすれば、あとはデータ収集に没入するのみである。
自分の中では週末に完成させるつもりだったが、今日までもつれこんでしまった。

日本で働いていた時と違い、今は時間だけはたんまりとあるので、文献を検索したり読んだりするのに十分な時間をさけるのがありがたい。
逆に、日本では臨床や教育のあいまによく研究活動ができたと、今振り返って感じる。
こちらのスタッフが研究の時間がないとこぼす気持ちはよくわかる。

夕方にプロトコールが一応は完成したので、指導医にメールで送ったところ。
とりあえずは彼のコメント待ちの状態となったので、今のうちにもう一つの計画も立てようかと考えている。
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夕方はダウンタウンにある英会話クラブへ。
また今日もクリスマスの話題となり、地元のカナダ人 C さんによると、
1) クリスマスは大手スーパーも閉まる、
2) 24日も多くの店は早く閉まる、
3) ダウンタウンのマックは半分くらいは空いてる
とのことだった。

2009年12月21日月曜日

恐怖のクリスマス(?)

12/20 (日) 一日中雨

12月になると、クリスマスをどう過ごすかということが話題にのぼるようになる。
自分としては特に何か予定があるわけでもなく、ふだんと同じように過ごすしかないのだが、しばしばそれが他の人の関心というか心配を誘うことがある。

カナダ人は日本のクリスマス事情を知らないので、「ふーん、そうなんだ~」といったような特に何ということもない反応なのだが、こちらに長いこと住んでいる日本人の方は自分がこちらのクリスマスを理解していないことを見越して真剣に心配してくれる。
自分としては全く実感がないのだが、どうも街が全部閉まるらしい。

「マクドナルドさえも休みになるから気をつけろ」とも言われた。
しかしマックが休みになることに関しては異議を唱えるカナダ人もいるので、真偽のほどは自分の目で確かめるつもり。

近所のマーケットにフードコートがあり、その中に週1回のローテーションで通っているイタリアンが食べられる店があるので、今日は夕方そこに行ってきた。
週1回のローテーションを守るとたいていどこでも顔を覚えてくれるので、それなりに話がはずむようになる。

今日はやはりクリスマスの話題になったので、そこの店がやっているかどうか訊いてみた。
すると年中無休のその店さえも、25日は休むらしい。
マーケット全体のスケジュール表を見せてくれたのだが、24日は18時まで、26日も短縮、31日と翌元日も休みか短縮営業だった。
2日からは平常通り。

クリスマスが来ると、街があたかも死んだようになるのだろうか。
クリスマス前にバンクーバーを脱出すべきだったがもう遅い。
「食糧をたくさん買っておかないと、たいへんなことになるよ~(ニヤリ)」と言っていた麻酔科の秘書さんの旦那さんの顔が忘れられない。

2009年12月20日日曜日

ボランティアの打ち上げ

12/19 (土) くもり

右の写真は、この前の日曜日に写した Bay デパートの様子。
バンクーバーオリンピックのカナダ代表候補選手の巨大なポスターが、デパートの周りを取り囲んでいる。
ここでは、オリンピックの公式グッズが多数販売されている。

今日はボランティアの帰りに Bay デパートに寄り、一時帰国のおみやげとして子供用の赤いミトンを手に入れた。
先日のブログで書いたが、100万組以上売れたという人気商品である。
残念ながら大人用はまだ売り切れだったので、明日もう一度行ってみようと思っている。
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今日は日本語学校でのボランティア活動が最終日だったので、打ち上げがあった。
こっちの人たちがやるクリスマスパーティではなく、どちらかというと忘年会に近い打ち上げである。

一応はみんなで食べたいものを持ち寄るということになっていたが、こうなると中年男性はほとんど赤ん坊同然で何もできないもので、ボランティアの「おねえさまがた」に依存というか寄生に近い状態だった。

お好み焼きみたいに日本だったら普通に食べられるものが、こちらではとてもありがたく感じられた。
シューアイスを食べたのは、何ヶ月ぶりだっただろう・・・。
フランスパンにハムとチーズをのせて食べたが、あのハムはうまかった。
ふだん自分がラーメンに入れてるようなぶ厚いハムではなく、ちょっと薄めでいぶしてあるような感じ?

ボランティアの方々には本当にこの3ヶ月間お世話になったと思う。
異国で生きるには、日本人の定住者の方の情報が欠かせない。
ボランティアの方は概してコンピュータのスキルが高い方が多いため、何も言わなくてもやがてこのブログの存在はバレてしまうと思うので、その前にさりげなくお知らせしなければ・・・と思っている。

2009年12月19日土曜日

洗濯と乾燥に関するストレス

12/18 (金) 雨 ふったりやんだり

アパートには全く満足しているというわけではないことは、以前にも書いた。
特に洗濯と乾燥には困ることが多い。

洗濯機と乾燥機が1台ずつしかないため、自分の前の人が洗濯物を引き取りに来ないと、永遠に洗濯が終わらないのだ。
洗濯に約30分、乾燥が約45分なのだが、中には乾燥を2回続けてする人もいるので、そうなると待ち時間がかなり長くなる。

今日は夕方5時半に洗濯を始めたのだが、自分の前に洗濯をした人が乾燥機を2回使い、しかも終わっても引き取りに来ないのでとても困った。
待ってても埒があかないので、とりあえず中身を横によけておいて、自分の洗濯物を乾かすことにした。

現在、夜10時57分だが、まだ取りに来ない。
前にも書いたが週末は2階で宴会状態なので、酔っ払って忘れているか、全く気にしていないかのどちらかなのだろう。

さて、その乾燥機から取り出して横によけておいた洗濯物なのだが、なんとかけぶとんがシーツごとまるまる出てきた。
かけぶとんって、洗濯機と乾燥機で洗濯していいんだっけ??

室内干しということも考えるのだが、いろいろなウェブサイトを見ていると、北米では室内で洗濯物を干すのは御法度と書いてあるものが多い。
きちんと乾燥機を使いましょうと書いてある。

しかし何らかの対策をたてないとやってられないので、これから工夫を凝らしていきたいと思う。
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この洗濯とは全く別なのだが、今日の夕方、アパートで大事件が発生した。
ブログに書くことは気が引けるので、数ヶ月程度たってうまく収まったら、記録を公開したいと思う。

2009年12月18日金曜日

赤いミトン

12/17 (木) くもり 夕方から雨

今日の新聞 "The Province" によると、バンクーバーオリンピック記念グッズがものすごい売れ行きなのだそうである。
特に赤いミトンはすでに 100万組以上売れた「ミリオンセラー」ということで、大々的に扱われていた。

確かにスカイトレインに乗っていると、いずれもオリンピックグッズなのだが若い女の子たちが赤いミトンと白いニットの帽子をかぶっているのに気がつく。
先日、オペ室のナースが仔犬を買ったということで写真を見せてくれたが、その写真には家族ほぼ全員で赤いミトンをつけて写っていたという記憶がある。
その看護師さんは、「私はブームになる前(11月)にミトンを買った」と得意気だった。

オリンピックグッズは高価な物が多いのだが、ミトンは10ドルなのでまあまあお手頃なのだ。
自分もおみやげに買いたいと思ったのだがすでに遅く、Bay デパートでは売り切れ状態である。
http://store.hbc.com:80/scarves/torchbearer-youths-red-mittens/prodRTUAF915Y.html

看護師さんは「きっとまた売り出すわよ」と言ってくれたが、帰国の日までに間に合うだろうか。
それが問題である。

2009年12月17日木曜日

いろいろな意味での第2章

12/16 (水) 雨 夕方は一時晴れ間が見えた

バンクーバーに着いたのが 9月21日だったので、アパートの3ヶ月契約がまもなく終了する。
アパートには全く満足しているわけではないことは最近も書いたが、かと言って他に探すのも大変なので、とりあえず契約を延長した。

この3ヶ月でアパートの管理者がずいぶん変わった。
最初に世話になった2人はいずれもいなくなったみたいだ。

今日は家賃支払いのために朝10時にマネージャーと待ち合わせをしていたのだがスッポかされ、代わりに日本人の管理人に支払った。
契約を来年夏まで延長したことで、研究だけでなくアパートに関しても次のステージへと進んだというわけだ。

今日は病院で初めて日本語を話せる医師に出会った。
「日本語話せますか?」と日本語で話しかけられて驚いたが、仲間に出会ったようで心強い気持ちがした。
また、先日のクリスマスパーティのおかげで人間関係が少しふくらみ、こちらも新しいステージへと進んだ気がする。

ブログに関してもキリ良く、今日が 100回目となった。
正直なところ、こんなに続くとは思わなかった。
ブログがないとひょっとしたら疎遠になったかもしれない方からメールをもらえることができ、とても嬉しく思っている。

2009年12月16日水曜日

第2章のはじまり

12/15 (火) 雨

テキストの執筆が終わり、本格的に臨床研究に取り組むことになった。
バンクーバー生活の第1章が終わり、第2章に入ったというわけである。

臨床研究のネタのヒントは、指導医の J 先生が提供してくれた。
彼の研究の発想は自分とは全く異なるので、彼とディスカッションしていると脳が活性化されるような気がする。
自分は今までいろいろな機械やモニターを使って「データを搾り取る」ようなイメージを持っていたが、彼はもっと自然体である。

彼は彼で臨床研究を進行させており、今日はそれを見せてもらった。
プロトコールなどはここには書けないが、日本の自分が所属していた施設と最も異なることは、ここでは同意はリサーチナースが取得するということである。

同意の取得に医師が関わるとそれが患者にプレッシャーとなるので、中立な立場にあるリサーチナースが担当するのだそうだ。
リサーチナースが同意を取得している間、自分も含め医師や学生は遠くから様子をながめているだけ・・・ということになる。

リサーチナースが研究の説明と同意取得を担当してくれると医師は楽だが、同意を取得できない場合に医師からリサーチナースへのプレッシャーはないのだろうか・・・と、余計な心配をしてしまう。
かつて自分は、研究の同意を高率に取得することも医師(研究者)の能力のうちだと考えていたが、どうやらそういう時代ではないみたいで、遅かれ早かれ日本も追随することになってしまうのだろう。

2009年12月15日火曜日

アパートに住むこと

12/14 (月) くもり 夕方から雪

カナダの(そしておそらく米国も)アパートは、日本のいわゆるアパートやマンションとは大きく異なる。
自分は最初は日本で言うところのワンルームマンションに住みたかったのだが、家賃がものすごく高いので断念せざるをえなかった。

病院はダウンタウンからは離れているのだが、不動産屋に言わせると高級住宅街とのことで、家具なしの場合で1ヶ月あたり 1100 ドル以上、家具付きの場合だとその 1.5 倍が相場だと言われた。
最高でも2年しかいないので、家具を買うことは自分にはとうてい考えられなかった。

そうなるとアパートということになるが、よほどの高級なところでなければシャワーやトイレ、台所は共同ということになるわけで、それなりの煩わしさはある。
たいていの人は掃除は嫌いなので、よほど話し合いがうまく行って当番などが決まっていれば話は別だが、ふつうは汚れ放題になる。

自分は週1回、共同のリビング、台所、シャワー、トイレの床の掃き掃除とモップでの拭き掃除をすることで、一応は自分の担当は済ませたと思っている。
先日は汚れきったトイレや台所を、オーストラリアから来たカップルの彼がピカピカにしてくれて、神様のように思えた。

騒音も問題で、2階は若者たちが住んでいるため、土曜日は深夜まで宴会状態である。
外部からいろんな人たちが出入りしているため、決して静かにはならない。
幸いなことに自分は3階のため、被害は最小限である。
3階には、やや年代が上の人間が配置されているようだ。

実はつい先ほども洗濯機と乾燥機をまわしていたのだが、また誰かに乾燥機を途中で開けられてしまい、運転がストップしてまたやり直すはめになってしまったところ。
これもまた、共同生活ならではのデメリットである。
しかしその一方で、ヒューズが飛んだりいろいろな備品が壊れた時に、自分で直さなくても管理人さんがやってくれるといういい点もある。

つい1年ほど前までは、この年になってまた共同生活をやり直すことになるとは夢にも思わなかった。
日本に帰りさえすれば元の生活が待っていることを励みにして、今はとにかく修行の毎日と考えている。

2009年12月14日月曜日

雪のメトロタウン

12/13 (日) くもり一時雪

もうすぐ一時帰国するので、今日はメトロタウンまでおみやげを買いに出かけた。
出かけようと思ったら、雪がちらほら降ってきた。

Granville から Metrotown までスカイトレインで 15 分程度なのだが、乗っているうちにどんどん雪が激しくなってきて、道路に雪が積もっているのがわかった。
あっさり済ますつもりが買い物に全部で2時間半ぐらいかかり、帰りに駅に向かったらまだ雪が降っていた。
その時に駅から撮ったのが、この写真。

おもしろいことに帰りはダウンタウンに向かうにつれて雪の勢いは弱くなり、Granville に着いた時には雪は降っておらず、道路にも全く積もっていなかった。
現地に長く住んでいる人たちが口をそろえて言うのだが、ダウンタウンは雪はほとんど降らないがそのまわりはたくさん降る・・・。

今日のメトロタウン行きはそれを体感する形となった。
ただし昨年は何十年ぶりかの大雪で、ダウンタウンにもかなり積もり、バスや電車などの公共交通機関はかなり影響をうけたとのこと。

2009年12月13日日曜日

クリスマスパーティ 日本語学校編

12/12 (土) くもり

ふだんボランティアで出入りさせてもらっている日本語学校で、クリスマスパーティに招いていただいた。
少し時間に遅れて着いたのだが、すでに大きな体育館にいっぱい人が集まっていた。

幼稚園くらいから中学生・高校生くらいの子供たちが歌ったり踊ったり、ピアノの演奏もあった。
洋の東西を問わず子供たちはいつも元気なので、日本語学校に来るとこっちが元気をもらえるような気がする。
父兄の方が熱心にビデオを撮っているのも、日本国内と同じだ。

厨房のボランティアの方がどうもかなり前から準備をしていたらしく、料理だけでなくデザートにいたるまで盛りだくさんだった。
噂に違わず、チキンは絶品だった。

壇上にトナカイ(子供たち)とサンタ(誰かは知らないが大人)がいて、小さい子供たちから親たち、われわれボランティアなどにも全員にプレゼントを配ってくれた。
袋にはポッキーやプリッツがたくさん入っていた。

サンタにもらったプレゼントのおかげで、これから2~3ヶ月はお菓子に困らないような気がする。

2009年12月12日土曜日

クリスマスパーティ職場編

12/11 (金) くもり 昼間一時雪 夜は一時小雨

麻酔科のクリスマスパーティがあり、バスを30分ほど乗り継いでいったところにあるレストランに行ってきた。
結婚式披露宴会場のようなブチ抜きのフロアに、150人くらいはいたのではないだろうか。

男性はそうでもなかったが、女性はあたかも結婚式の招待客のようなドレスの人たちが多かった。
また、夫婦あるいはカップルで出席している人たちも多かった。
レジデントはゲスト(ガールフレンドとか)を連れてくることが奨励されているようだった。
このあたりは日本では見ない光景で、本当にまるで洋画を見ているかのようだった。

ビンゴより簡単なゲームがあったので参加してみた。
オレンジ色のロール紙に約 5 cm ごとくらいに区切りがあり、それぞれの区切りごとに番号があってちぎれるようになっている。
別のところに同じ一連の番号が書いてある紙が箱の中にあって、司会者が取り出した番号を読み上げる。
その番号を持っていた人が賞品をもらえるというわけである。

区切り1枚が3ドル、2枚が5ドルで売られており、自分は2枚買った。
中には10枚近く買っている人もいて、一連の紙がつながっている様子は、色からしても「ソーセージ状態」だった。
自分は当たらなかったが、確率からいっても当然なのだが、「ソーセージ」を持っている人たちがたくさん当てていた。
   
その他、クイズがあったり、一番高いヒールを履いている女性に賞品が当たったり、一番たくさんのコインが財布に入っている人に賞品が当たるなど、企画が盛りだくさんだった。
それからサイレント・オークションもあって、紙に入札額を書き込んでいく形式で行なわれていた。
  
すでにたくさんの人たちと顔見知りのはずなのだが、オペ室のユニフォーム姿とは全然違うので、誰が誰だかわからずに困った。
昔、研修医の頃に都立病院の常勤の先生に宴会に連れてってもらった時、ふだん顔なじみのはずの看護師さんのことが全然わからなかったことがあったが、まさにそんな感じだった。
   
アルコールを一滴も飲まない人が多いのが意外だった。
車で来ている人が多かったのかもしれない。
ちょっと不便な場所だったので、帰りはバス停までとぼとぼと歩くことになってしまった。

2009年12月11日金曜日

きらびやかな病院

12/10 (木) くもり

同じ大学の affiliate hospital の一つで講演会があるというメールをもらい、朝8時からだったが出かけてきた。
その病院はダウンタウンの真ん中にあるので、アパートから近く歩いて15分位だった。

その隣が教会で、クリスマスシーズンということでイルミネーションできらきらしていたが、病院はそれどころではなく、本当にもうギラギラしてまばゆい感じだった。

講演会が終わって病院を出ることにはすっかり夜が明けていたのでイルミネーションは消えていたのだが、無数にある星型の飾りの真ん中にそれぞれ1個ずつ各企業名が書いてあるのが見えた。
麻酔のモニターで有名な某社の名前もあった。

このイルミネーションは各企業・団体の協賛があればこそで、額は正確には覚えていないが何年間かで十数ミリオンドルと書いてあったような気がする・・・が忘れた。
あのまばゆい灯りで患者さんや家族が元気づけられればいいが、まあこれもカナダの文化ということなのだろう。
日本の自分とこの大学病院がイルミネーションでいっぱいになって、星型の真ん中に「○○株式会社様」なんて書いてある札が無数にぶらさがっているなんて、とても想像がつかない。
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肝心の講演会は、Eisenmenger 症候群に関するものだった。
Eisenmenger 症候群の患者は、平均で52.6才まで生存すると報告されているが、50才以上まで生きるには専門医による適切な治療が必要となる

非心臓手術での周術期の死亡率は7%とのこと (Webb G et al. JACC 2008)。
非心臓手術は専門の施設で受けるべき・・・ということだった。

妊娠73人中、operative delivery が44人で、死亡率は52%。
なんと半分以上が亡くなっている。
時期としては、中間値が術後5日とのこと。
妊娠・出産に伴う死亡率が高いので、避妊の方法をカップルに指導することが class I で推奨されているとのことだった。

最近の内科的治療法としては、prostaglandin analogue, phosphodiesterase type-V inhibitor, endothelin receptor antagonist が挙げられていた。

周術期の成績が悪いのであれば、手術法や麻酔法、術後管理方法の話を聞きたかったが、それらにはほとんどふれられずじまいで、自分としては残念ながら今ひとつな内容だった。
内科系のドクターにとっては輸液量、抗凝固療法などについては関心があっても、麻酔関連薬剤が循環系にもたらす影響やモニタリングについては興味が薄いところなのかもしれない。

2009年12月10日木曜日

なぜか文献整理みたび

12/9 (水) 快晴 11月の天気がうそのように、晴れが続いている。

バンクーバーに着いてから2ヶ月半。
だんだんと知り合いの数が増え、ありがたいことにクリスマスパーティーにも声をかけてもらえるようになった。

これから夜の寒い時期に出かけることも増えるだろうし、日本からは冬物を全く持って来なかったので、今日はコートとマフラーを Sea●s に買いに行った。
日本で着ていたのと同じようなコートがあり気に入ったのだが、サイズが XL しかない!
L でさえぶかぶかなのに・・・。

ほかに気に入ったのもいくつかあったのだが、そういうのに限ってなぜかボタンがとれてたりする。
そういうのをそのまま売ってるのって、ちょっとまずいと思うけど。

結局、最初考えていたのとは全く違うのを買うことになった。
外から見ると薄そうだが、実際着てみると暖かい。
L にしたが、それでも胸元がスカスカする感じがする。
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よもや3度目はないと思っていた文献整理だが、昨日の夜、指導医から "Sorry" で始まるおそろしく丁重なメールがあり、もう1回やり直してほしいとのことだった。
どうも情報伝達がうまくいっておらず、自分が彼の意図をよく理解していなかったらしい。
さすがに彼も、この作業が超大変なことはわかってくれているらしい。

全部まるまるやり直しというわけではないので、今日朝から1日かけて終わらせることができた。
慣れてきたのか、今日はあんまり苦痛に感じなかった。
いわゆる「プレコンディショニング効果」であろう。
4度目があっても、もうあまり驚かないと思う。

2009年12月9日水曜日

境界線の上で

12/8 (火) 快晴 

バンクーバーに来てから特に夕方と夜はそうなのだが、出入口とかいろいろな境界線を通るたびに立ち止まって考える習慣がついてしまった。
こちらではさまざまなところで「出たら二度と入れない」状況がありうるため、用心深くならざるをえないのだ。

まずアパートがそうなのだが、常に施錠されている状態なのでカギを部屋に置き忘れて外出したら、もう戻ることができない。
雨が降っているとなおさら面倒なのだが、カバンの中にカギが入っていることを指差し確認してから玄関のドアを閉めることにしている。

研究室に関しては日本よりもはるかにこちらは施錠管理が厳しく、自分を含めた一般の職員は午後4時半を過ぎると戻ってくることができない。
秘書さんたちは3時半~4時には帰るのでそれで構わないだろうが、こちらはそうは行かない。
一番近い男子トイレは毎日4時頃掃除が行なわれることを計算に入れた上で、4時15分頃トイレに行って用を足し、あとは水分を摂らずにがんばるのみである。

ただ、あんまりがんばり過ぎたためにあわててトイレに駆け込んだら、実は大事なものを研究室に置き忘れていた・・・なんてことになってももう戻れないので、「膀胱(あるいは直腸)七分め」くらいで切り上げることにしている。
これもリスクマネージメントである。

トイレで思い出したことがある。
現地の日本人の方に教えてもらったのだが、ホームレス対策のために電車の駅にはトイレがない。
そう言われてみると、確かに駅にトイレを見かけない。

また、大型デパートや病院を除き、多くのビルではトイレが施錠されていて、簡単には使えない。
そのため、外出時には水分摂取制限とともに、おなかを冷やさないことも重要になる。

そう考えるとほんのささいな生活の一部のことだが、いかに日本が住みやすい国かということがよくわかる。
コンビニに寄ってトイレを借りることができるのがあたりまえ・・・という感覚なのだから、いろいろな批判はあるものの、基本的には平和で安全なすばらしい国なのである。

2009年12月8日火曜日

文献整理再び

12/7 (月) 晴れ とても寒い1日

朝6時ごろ出かけると、空気が澄んでいるせいか4割くらい欠けた月がきれいだった。
空を見上げるとダウンタウンの灯りにもかかわらず、星がたくさん見えた。

自分のほぼ真上に北斗七星がはっきりと見え、ひしゃくの先端を5倍伸ばしたところに北極星らしきものがあった。
新潟での星空観望会で見た北極星よりも、ずっと高いところにある。
北国なんだな~と、今さらながら感じた。
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文献を章末に載せるという超タフな仕事が終わったのが先週の金曜。
その翌日、指導医からメールが来て、それには「こっちの章の分もやっといて~」と英語で書いてあり、さらにもう1章分同じ作業をすること(ハメ)になった。
上司の指示とあらば、放置するわけにはいくまい・・・。

新たに作業に取りかかった章には大きな表があり、それにはぎっしりと文献がならんでいて、めまいがしそうになった。
昨日はフィットネスと部屋の掃除とメシ以外は、ずーっとそれに取り組んでいた。

困ったことに今回の章の分には文献のメモに誤りがあり、それで作業が再三中断することになってしまった。
それでもなんとか夕方に仕上げることができ、メールで指導医に送ったところ。

もうこれ以上は同じ作業はあるまい!
われわれの担当分は全部で2章しかないのだから。

ほっと一息・・・、洗濯と乾燥が終わったら、シャワー浴びてビール飲んで You tube でも見るか・・・って気分。

2009年12月7日月曜日

予期すると聞こえる

12/6 (日) 晴れ (明日の最低気温はマイナス5℃らしい)

一日中晴れていたので、コミュニティー・センターのフィットネスは空いていた。
本当に健康な人は、スタンレー・パークのまわりとか屋外を走っているのだろう。
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最近、英語が聞き取れるようになってきた。
といっても、ごく限られた状況なのだけれども・・・。
次に何が起こるかが予期できるような状況では、今まで聞こえなかったものが聞こえるようになったのである。

一番簡単な例として、昼に病院近くのフードコートでテリヤキを週1回のローテーションで食べるのだが、注文すると必ずマッシュルームを入れるかどうかを訊かれる。
"Mushuroom ?" の一言が最初は聞き取れず困った。
もちろん二度目からはとてもよく聞こえた。

最近 Babylon Cafe の chicken shawarma にはまっており、週1回のローテーションで食べている。
中毒になりそうなくらいうまい!
http://dinehere.ca/vancouver/babylon-cafe-robson
注文すると必ず2回質問がくるのだが、最初は何を言われているのかさっぱりわからなかった。

ところが「野菜で嫌いなものはないか?」、「米の種類はどっちがいいか?」という内容だろうという察しがつくようになった先週の金曜、ついに
"Onion ?" / "White rice or brown rice ?"
と言っているのがはっきりとわかった。

そして今日、やはり週1回の頻度で通っている店があるのだが、chicken crispy を注文した。
以前同じものを注文した時、パンがいいか米がいいかといったような質問をされたことがあったが、それがさっぱりわからなかった。
今日は何を質問されても「ライス」と答えようと思っていたら、chicken crispy を注文した時点で
"With ・・・?"
と言っているのがわかった。

いずれも英語としてはかなり簡単なものばかりなのだが、状況が理解できていないと実際にはよくわからないものである。
英語の実力がついたと言うよりは、暮らしに慣れてきた証しなのだと思う。

2009年12月6日日曜日

フリーマーケット

12/5 (土) 晴れ

ボランティアに行っている日本語学校で、フリーマーケットの手伝いをさせてもらった。
売るのはもちろん、この1ヶ月間苦労して地下の倉庫から掘り起こしたマンガと、在庫が重なったなどの理由で売ることになった文庫本や絵本、ハードカバーの本である。

性的表現があるなどの理由で学校で売るのが不適当とされたはずの「課長島耕●」や「東京大●物語」などが、なぜかすでに売り物として並んでいた。
マンガは1冊25セントだが、10冊以上買うと1冊10セントなので、まあ安いということになるだろう。

大量のマンガのためにふだんよりも売り場スペースを広くしたらしいのだが、残念ながらマンガの売れ行きは大したことがなかった。
たまに少年、少女たちがどかっと「大人買い」していくくらい。

人気があるのが日本語の伝統的な絵本や子供向けの本(「かいけつゾロリ」など)で、なかなかバンクーバーでは手に入らないらしいのである。
しかも日本で買う定価の2倍以上するとのこと。
小さい子のいるお母さんたちが、必死になっていい本を探していた。

現地の人たちと話す機会がたくさんあって楽しかった。
伝統的な絵本が beautiful だと言って、ぜひトライしてみたいと買って行ってくれた現地の年配の方もいた。
絵本のあらすじを英語で説明してほしいと言われたのには、ちょっと困ったけど・・・。

カナダの女子高生みたいな若い子が、ぼろぼろになった仮面ライダーV3 の本に食い入るように熱中していたのも印象的だった。
また、現地のやはり中学生くらいの女の子が魚の図鑑を指差して、「これなんですか~」とたどたどしい日本語で訊ねてきたりということがあり、やっぱりここは日本じゃないんだよなあ~と今さらながらに感じた。
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また髪がボサボサになってきたので、夕方は床屋へ。
結局、前回と同じところへ行ってしまった。

そしたらやっぱりいつぞやの銀行員のようによく自分のことを覚えていて、本当に記憶力がたいしたもんだと感心させられた。
自分の容姿が特異だからだとは思いたくないのだが、言葉がイケてない東洋人ということでインパクトがあるということなのだろうか。

2009年12月5日土曜日

クリスマスの飾りつけ

12/4 (金) 晴れ

研究室の外がなんかざわついていると思ったら、どうやら秘書さんたちがクリスマスの飾りつけをしているらしいことに気がついた。
入り口に2メートルくらいあるツリーが飾られており、麻酔科の看板にもイルミネーションが施されていた。
自分がふだん使っているフェローの部屋のガラス窓にも、いつもまにかツリーをかたどった切り絵が貼りつけてあった。

飾りつけは他の部署でも競うように行なわれており、整形外科の研究室の入り口には直径2m近くあるリースがあった。
ドアのガラス越しに、部屋の中に巨大なツリーやイルミネーションがあるのが見える。

ダウンタウンもだんだん華やかになってきている。
今朝は気づかなかったのだが、帰るころには美術館とその前の広場のイルミネーションがとてもきれいだった。

そういえばこの前の日曜日にテニスに行った時、更衣室の奥から全身真っ赤の服装の人が出てきた・・・と思ったら、なんとサンタだった・・・ということがあった。
コミュニティーセンターで子供たちのクリスマス会が行なわれていたようだった。
なにしろそのサンタは日本人ではなくこっちの人なので、本物らしいというか、なんともそれらしいのであった。

2009年12月4日金曜日

久々のスシ

12/3 (木) くもりのち晴れ

朝6時40分に病院に着いたら、病院がイルミネーションで包み込まれていた。
昨日帰る時にはなかったように思うが、夜中のうちに誰かが飾り付けをしてくれたのだろうか・・・。
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苦労に苦労を重ねた文献のリスト作りがひとまず終わった。
単調な作業の繰り返しだけに、ものすごくきつかった。

これに懲りて、近いうちに文献整理用のソフトを購入しようと思う。
時代の流れに負けずに生き残る論文は少ないが、それでも時間が経てば確実に情報は増えていくものなのだし、バンクーバースタイルだの AMA スタイルだのと出版社の要求に常に答えていくには、コンピュータの力を借りて情報を整理していくしかないのではないだろうか・・・。

夕方は週1回のローテーションで通っているドンブリ屋へ。
店内がものすごく寒いので、テイクアウトすることにした。

いつものメニューを見て迷っていたら、お店の人が新しいメニューがあると教えてくれた。
なんとそこにはずっと食べていなかったスシメニューが・・・。
いちばんうまそうなマグロ丼にした。

写真を撮ろうかと思ったが、リサイクルの容器があまりにも情けないのでやめた。
マグロ自体は予想通りの味だったが、いっしょについてきた生姜があまりにもうまくて、バクバク一気に食べてしまった。
なんか中毒になりそう・・・。
酢がしみこんでいるスシメシが本当になつかしい。

いいもの見つけたちょっと得した気分がして、週1回のローテーションを中5日くらいに格上げしてもいいかな・・・と思った。

2009年12月3日木曜日

Thoracic Anesthesia 講演会

12/2 (水) 快晴 

トロント大学から Visiting Professor を招いて、Thoracic Anesthesia に関する講演会が催された。
備忘録として、内容を簡単に書きとめておく。
ALI のリスクファクター等については、著書に載せたので割愛する。

1) 手術側の肺をいかに虚脱させるか
換気ガスの構成を吸収されやすいものにする  Ko R et al. Anesth Analg 2009; 108:1092-1096
開胸前に非換気側チューブを開放して換気側肺を換気すると、圧が縦隔を通して対側に伝わり、非換気側肺の虚脱が促進される  Pfitzner J et al. Anaesthesia 1999; 54: 437-443
気管支内を吸引する  Narayanaswamy M et al. Anesth Analg 2009; 108: 1097-1101

2) 低酸素血症の治療
CPAP が有用である  Caplan LM et al. Anesth Analg 1980; 59: 847-851 (30年前の知見)
術者が CPAP を拒否する場合、より選択的な酸素化が有用
Ku CM et al. J Cardiothorac Vasc Anesth 2009 (in press)

3) 心拍出量と酸素化
心拍出量を増やすと Qs/Qt と SVo2 はともに増え、酸素化はかえって悪くなる
Slinger P et al. Anesthesiology 1995; 82: 940-946
Russell WJ et al. Anaesth Intensive Care 2004; 32: 644-648

4) いかにシャントを減らすか
肺血管抵抗は肺容量が FRC レベルのときに最小なので、換気側肺を FRC レベルに保ちたい。
→ total PEEP と lower inflection pointo との相対関係が重要になる
(COPD患者では auto PEEP がもともと高いので注意が必要)
→ CPAP の効果は約束されているが、PEEP の効果が人によってばらつくという話につながる。

5) 肺切除後のARDS の治療法
CD プレイヤーのような小さな機械で、人工的に酸素化をはかる  
Iglesias M et al. Anal Thorac Surg 2008; 85: 237-244

夜は、肺をいかに分離するかについての講演だった。
挿管困難、肺全摘後の縫合不全などの例を挙げ、気管支内チューブ、気管支ブロッカー、ダブルルーメンチューブなどについて最新の知見を紹介していた。

Thoracic Anesthesia の A B C は、
A ・・・ Anatomy
B ・・・ Bronchoscope
C ・・・ Chest X-ray, Chest CT
なのだそうだ。

上記のAとBについては、気管支の解剖を本当の意味で理解するのがいかに難しいかという話だった。
しかしそれを理解しないと、安全で確実な肺分離はありえないというわけである。

2009年12月2日水曜日

文献管理ソフト

12/1 (火) 快晴 今日が満月かも(?)

午後1時ごろ昼食のために外出したら、空に珍しく太陽が出ていた。
ほぼ南中に近い状態なのだろうが高度が低く、東京でいうところの午後3時くらいの感覚だろうか。

ふだんは曇りや雨ばかりなので気づかないが、北国なんだという実感がした。
バンクーバーは北緯49度16分で、ちなみに札幌42度46分~43度11分、稚内45度20分。
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本の執筆の期限が近づき(正確にはもう過ぎたが)、参考文献を章末に付けることになった。
最初はたいした作業ではないと思っていたのだが、AMA (American Medical Association) Style に従うということで、実はものすごく大変だということに気づいた。
http://healthlinks.washington.edu/hsl/styleguides/ama.html

よく用いられる Vancouver Style との最大の違いとして、第何巻かだけでなく第何号かも書かなければならないという点が挙げられると思う。
http://www.lib.monash.edu.au/tutorials/citing/vancouver.html
PubMed の形式に似ているとも思う。

この第何号かを調べるのがものすごく骨の折れる作業である。
原著論文ならせいぜい30個程度の論文しか引用しないのでそれでも何とかなるのだが、本のチャプターなので何百もの論文を紹介しなければならない。
気の遠くなりそうな作業である。
実際、気が遠くなった。

日本では大学の図書館経由で使うことのできる無料の EndNote を使うこともあったが、こちらでは文献管理ソフトを全く使っていなかった。
そうは言ってもいまさら遅いので、コツコツ手作業でやるしかないのであろう。

打ち合わせの時に「手作業で今まで文献を打ち込んでいた」と自分が言った時、指導医の J 先生が一瞬ふっと遠くを見るような目をした理由がわかった気がする。

2009年12月1日火曜日

レジデントとの朝のひとコマ

11/30 (月) 晴れ めずらしく空の2割程度しか雲がなかった 夕方から快晴 今夜は満月(?)

朝、オペ室に行くとレジデントの A 先生が準備をしていたので、いつものように "Good morning" とあいさつをした。
いつもだと英会話のテキストのようにさらにここで "How are you ?" とお決まりのやりとりがあり、最初の症例に関するディスカッションにとなるのだが、今日は彼は「で、週末は何してた?」と想定外の質問をしてきた。

最近、夕方から夜になると英会話の調子が比較的いいのだが、まだ朝7時前で脳ミソが英語モードになっていない時点での想定外の質問は非常につらく、まるで棋士のように長考モードに入ってしまった。
「えーっと、昨日とおとといは何やってたっけかなあ~」

A 先生はその間、ニヤニヤしている。ついこの間まで慣れないオペ室でうろうろしていたくせに、日本人麻酔科医をいじくる余裕ができたらしい。
せっかくだから A 先生にも「週末何してた?」と訊ねたら、ずーっと勉強してたとのこと。
そういえば、もうすぐレジデントはいっせいに試験を受けるんだったね・・・。

そのレジデントの試験の日は、自分たちフェローの研究室が口頭試問で使われるため、その部屋を使うことができない。
だからその日はどこかに避難しなければ・・・。

また、その日は胸部麻酔の権威の先生がやってきて講演をしてくれることになっている。
自分も質疑応答に積極的に加わりたいので、A 先生の合格を陰ながら祈るとともに、自分もその日に向けて勉強していこうと思っているところ。

2009年11月30日月曜日

Hydromorphone についてさらに

11/29 (日) くもり

ハイドロモルフォンについて、また別の総説を読んでみた。

Quigley C et al. A systematic review of hydromorphone in acute and chronic pain. J Pain Symptom Manage 2003; 25: 169-178

ハイドロモルフォンは1920年代に臨床に取り入れられた古い薬であり、術後痛の管理に広く用いられているだけでなく、癌関連痛の管理の診療ガイドラインにも含まれている。
この総説では術後の急性痛だけでなく慢性痛についても述べられているが、前者についてのみモルヒネと比較しつつ備忘録としてごく簡単にまとめる。

ハイドロモルフォンとモルヒネを比較した研究は14個あり、5つは脊髄に、9つは筋注または静注で投与された。
同程度の鎮痛が得られる量(力価という意味だと思うが)は 7:1 から 5:1 の間で分布しており、ただひとつ筋注で行なった研究ではハイドロモルフォンがモルヒネより 7~10 倍強いという結果だった。

副作用としては悪心、眠気、掻痒が最も多く、用量依存的だった。
ほとんどの研究ではハイドロモルフォンとモルヒネの間で副作用に有意な差がないが、2つの研究でハイドロモルフォンで掻痒の頻度が少なかった。

腹部手術後の患者61人でハイドロモルフォンとモルヒネの IV-PCA を比較した研究では、耐え難い悪心と掻痒のために4人の脱落者が出たが、それらは全てモルヒネ群だった。
プロトコールを完遂した患者では、両者の間の悪心と掻痒の頻度は同等だった。

この総説のまとめとしては、1) ハイドロモルフォンは強力な鎮痛薬であり、2) その効果は用量依存的であり、3) 副作用は他の強力なオピオイドと同等であり、4) 他のオピオイドとくらべて特に優っているというわけではないと書いてあった。
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昨日、コーチからまた空きができたとのメールをもらい、今日もテニスに行ってきた。
ゲーム中心の練習で、1時間15分があっという間だった。

来年春はオリンピックのために、コミュニティーセンターでのインドアテニスは行なわないとのこと。
ちょっと残念。

ついさっき、隣の日本人ワーホリのM君がスノーボードを抱えて帰ってきた。
グラウスに遊びに行ってきたとのこと。
若い連中は仕事も遊びも全力で取り組んでいるという感じがして、ある意味すごいと思う。

2009年11月29日日曜日

Hydromorphone について

11/28 (土) 一日中雨
現地の人によると、例年はいつもくもりがちで時々雨が降る感じだが、今年はしっかり雨が降っているとのこと。

日本とカナダの麻酔の違いの一つとして、使用している薬物が異なることを挙げることができる。
日本でレミフェンタニルやロクロニウムを使うことができるようになったことで少し麻酔が近づいたとは思うが、こちらの臨床でよく用いられるハイドロモルフォンが日本では使えないことは、依然として大きな違いということになると思う。

ハイドロモルフォンは静注にも硬膜外にも用いられるが、今は自分で麻酔をかけているわけではないということもあり、薬物に対する患者の反応を実感としてつかみづらい。
レジデントに訊ねられるたびに「日本では使っていない」と答えるのだが、すると彼らは嬉しそうに説明してくれる・・・というのが常である。

モルヒネと対比して少しハイドロモルフォンについて調べたので、備忘録として残しておく。
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Liu LL et al. Postoperative analgesia and sedation in the adult intensive care unit. Drugs 2003; 63: 755-767. より

術後の鎮痛にはエビデンスには欠けているものの、短期間の使用にはフェンタニルやハイドロモルフォ
ン、長期間の使用にはモルヒネやハイドロモルフォンがすすめられる。(ハイドロモルフォンはどっち
にもいいらしい。)

排泄半減期はモルヒネとハイドロモルフォンは同等(2~4時間)。
静注した場合の Peak effect はモルヒネ 30分、ハイドロモルフォン 20分。
最小推奨量は、モルヒネ 1-4 mg ボーラス、1-10 mg/h 持続、ハイドロモルフォン 0.2-1 mg ボーラス
、1-2 μg/kg/min 持続

モルヒネ
水溶性のために脂溶性のオピオイドとくらべると peak effect が遅い。
静脈拡張作用と心拍数減少作用がある。
副作用:呼吸抑制、鎮静、悪心、イレウス、Oddi 括約筋のスパズム、ヒスタミン遊離から低血圧、頻
脈、気管支のスパズム。
代謝物としての morphine-6-glucuronide が蓄積し、腎不全患者で過度の鎮静をもたらすことあり。

ハイドロモルフォン
半合成オピオイドで、モルヒネの 5-10倍強力。
作用のオンセットと持続時間はモルヒネと同等。
血行動態に与える影響が小さく、ヒスタミン遊離をもたらさない。
モルヒネよりも掻痒、鎮静、悪心、嘔吐を起こしにくいとする報告 (Sarhill N et al. Support Care Cancer 2001; 9: 84-96) あり。
モルヒネと同様にグルクロン酸抱合を受けるが、NADPH reductase の還元も受け、2つの活性代謝産物を生じる。
この代謝産物は親化合物よりも強力な鎮痛作用を持つが少量のため、腎不全の合併や長期間にわたる大量の投与がない限り、臨床的意義はない (Zheng M et al. Xenobiotica 2002; 32: 427-439)。

2009年11月28日土曜日

傘の修理

11/27 (金) 晴れ一時くもり
病院そばの駅で降りると、めずらしく霧で街が包み込まれていた。夕方は雲がなく、月と星が見えた。

先日買った傘は1週間も経たないうちにこわれ、今ではすっかりボロボロになってしまっている。
日本の100円ショップの傘よりももろい印象がある。

さらにもう1本傘を買うという選択肢もなくはないのだが、粗悪な商品に投資し続けるとツキをなくすような気がするし、もっといい傘を買うのは「敵の術中」にはまるだけのような気がする。
しばらくはカナダにいるわけなので、ここは根気よく修理して粗悪な商品ととことんまでつきあうことにしようと思った。

写真は左が針と糸のセット。
最初から針の穴に糸が通っているので、わざわざ通す必要がない。
2ドル99セントで税金が36セント。

右がボンドだが4個1組で、1個はそれぞれ使い切りになっている。
4ドル49セントで税金が53セント。
GSTとPSTの両方で消費税が12%というのは高いようなするが、日本もやがてそのくらいになるかもしれない。

手元の割れた傘をボンドで直すのは容易だった。
針と糸で傘の布地と骨の位置関係を修復するのはちょっと難しかったが、布地にいろいろな方向から力をかけてみたりして僧帽弁形成術のような気分でじっくり取り組んでみた。

2009年11月27日金曜日

麻酔は肉体労働

11/26 (木) くもりのち夕方から晴れ
朝起きた時は地面が濡れていたが、自分が起きている間はめずらしく1秒も雨が降らなかった。

最近、朝の1例めの導入だけ見学し、その後は研究室で原稿を書いたり文献検索などで1日を過ごすというパターンが続いている。
そのせいかもしれないが、最近、夕方ほとんどおなかがへらない。
フードコートで食べる昼食がボリューム盛りだくさんということもあるかもしれないけれど。

今日はレジデントのA先生が、午後に興味深い症例があると言う。
患者情報をここに書くわけにはいかないが、彼は身振り手振りをまじえてこーんなに大変な症例なんだよ~と話してくれた。

話をきくと確かに大変そうな症例なので、見学させてもらうことにした。
自分が直接麻酔をかけたわけではないが、昼過ぎに再びオペ室に入り、患者さんの搬送やエコーの準備などを手伝った。

はっと気がつくと時間がずいぶん経ち、出かけなければならない時間となっていた。
3時間ほどオペ室で過ごしただろうか。
たいして働いたわけではないが、すっかりおなかがすいていることに気づいた。

久々の空腹感である。
本当に今さらながらだが、麻酔って肉体労働なんだな~と感じた。
今となっては、空腹に耐えながらメシ交替を待った頃が懐かしい。

2009年11月26日木曜日

大量出血と外傷

11/25 (水) 一日中雨

今朝は大量出血と外傷に関する講演があった。
演者が女性の場合は早口なことが多いが、今回もその例外ではなく、ついていくのがたいへんだった。

内容は主に病院の大量出血プロトコールに関することと、一部で話題になっている血液製剤を1:1:1の割合で投与するという話の2点だった。
後者に関して、備忘録として記録しておくことにする。

外傷に基づく大量出血が発生した時に凝固障害を是正するために血液製剤(赤血球:Plasma:血小板)を1:1:1で投与するというのは、エビデンスが十分にあることではなく、もっぱら経験に基づく話のようである。
ここ何年かで、外傷の世界を中心に論文が蓄積されている。

Hirshbelg et al. J Trauma 2003; 54:454-463
コンピュータを用いたシミュレーションで、Plasmaと赤血球輸血の最適な比が2:3であることが求められた。

Borgman MA et al. J Trauma 2007; 63: 805-813
24時間以内に10単位以上の赤血球を輸血された患者をレトロスペクティブに調査。投与したPlasmaと赤血球の比によって3群に分けたところ、Injury Severity Score は同等だったにもかかわらず、比が高い(plasmaがたくさん投与される)ほど出血死および全体の死亡率が低いことが示された。

Sperry JL et al. J Trauma 2008; 65: 986-993
鈍的外傷を伴った出血性ショックに陥り、しかも8単位以上の赤血球輸血を受けた患者を調べたところ、FFPとRBCの投与数の比が1:1.5よりも高い(FFPがたくさん投与される)と輸血量が有意に減り、24時間の死亡率が低下するが、逆にARDSに陥るリスクが2倍近くに上昇することが明らかにされた。

実際に1:1を達成するのは困難で、1:1を目指すと1:2程度になるという人もいる。
ただし、1:3は避けた方がいいらしい。
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今日の症例の指導医W先生によると、カナダでは血液不足が深刻で、そのために予定手術が延期されることもあるらしい。
聞きまちがえでなければ、O(-)型が足りないとおっしゃっていた。

2009年11月25日水曜日

予防接種のその後

11/24 (火) くもり めずらしく雨が降っていないと思ったら夕方からやっぱり雨

予防接種が終わり、気のせいかもしれないが昨夜は何となく熱っぽいような気がした。
本当に熱があると気持ちが弱まるので、あえて測らなかった。
眠りが浅かったせいか、今日は特に午前中、頭痛がした。

昨日の予防接種の時は右腕(季節型)の方が痛かったが、今朝起きた時は左腕(H1N1)がズキズキしていた。
予防接種から30時間近く経過した今日の夕方の時点では、自発痛はほとんどなくなった。
腕の上から穿刺部を圧迫した時に、VAS で右は5、左は15といったところか。
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今朝、自分が入ったオペ室の麻酔の指導医は R 先生だった。
ものすごく若く見えて、日本の後期研修医たちに混じっても違和感がないくらい。

オペ室を出てからフードコートで偶然 R 先生と再会したら、コーヒーをおごってくれた。
自分よりもずっと若く見える人(本当の年令は知らない)にゴチになるのは気が引けるが、ここでは立場が圧倒的に R 先生の方が上なので甘えることにした。

ここでは見ためや年令は関係ないみたいで、しょっちゅう(1週間に2~3回は)、「あなた見かけない顔けど、レジデント?」と訊かれる。
日本だったらこの年でレジデントということはまずありえないわけだが、こっちではそういうこともしばしばあるのだろう。

「いい年をして」とか、「年甲斐もなく」といった言葉とは無縁の業界なのかもしれない・・・という印象を受けている。

2009年11月24日火曜日

予防接種受けました

11/23 (月) 一日中雨 夕方からは霧雨
日本は祝日だろうと思うが、こちらは平日。

先週後半から院内で、全職員対象のインフルエンザワクチン接種が行なわれている。
ICU などの特殊領域で働く職員にはもっと早くから行なわれていたが、ようやく一般職員にまでまわってきたというわけである。

今日は気分的に少しゆとりがあったので、接種してもらいに行ってきた。
問診票のようなものはなく、名前、部署、職員 ID、インフォームドコンセントの有無、妊娠の有無を書くだけ。
接種直前に、今までインフルエンザのワクチンを受けたことがあるかどうかは訊かれた。

両方受けたいかと訊かれたので、迷わず「両方」と答えた。
噂では左右の腕に同時に「いっせーのーせ」で2人の看護師さんがブスっと刺すという話だったが、実際にはそんなことはなく、右に季節性、左にH1N1を順番に打ってもらった。

こっちでは院内で日本人に会うことは本当にまれなのだが、たまたま隣の人が日本人だった。
彼女は院内でボランティアをしたいのだそうだが、そのためにはワクチン接種が必要なのだそうだ。
彼女はH1N1は痛いので、受けようかどうしようか迷っているとのことだった。

自分の感想としては、季節性の方がはるかに痛かった。
VAS でいうと季節性が75、H1N1が35 といったところか。
さすがに腕はしびれなかったが、季節性は筋肉の奥でじんわりと組織を押しのけて広がっていくような感じがした。

確か、季節性は透明、H1N1は白濁していたような気がする。
H1N1に関しては、目の前で白い粉が入ったバイアルを溶解していた。

帰りにアセトアミノフェン325 mg を2粒渡された。
異常があったら使えとのこと。
おおっ、さすがアメリカっ!

それから、なぜかペロペロキャンディーももらった。
こっちは「さすがアメリカ」というより、むしろ子供の床屋みたいだ。

さらに ID に予防接種を受けたことを示すシールが貼られた。
まるで安全管理研修を受けた時にもらうシールのようだ。

注射をしてから7時間たったが、穿刺部位がまだ痛い。
両腕に同時に予防接種を受けたのは初めての経験だったが、これが最後の経験であってほしいとも思う。

2009年11月23日月曜日

初めてのテニス

11/22 (日) 昼過ぎまで雨 その後はくもり一時霧雨

先週に引き続き、今日もフィットネス・センターに行くつもりでいたら、昼頃コミュニティーセンターから電話がかかってきた。
テニスのレッスンに空きができたとのこと。

先々週の日曜にコミュニティーセンターに行き、テニスのウェイティング・リストに名前を載せておいたのだが、先週の時点で連絡がなかったのですっかりあきらめていたのだ。
レッスン開始まで時間がないので、ダッシュでラケットを買いに行った。
Thurlow Street にスポーツ用品店があるのはチェック済みだ。

1回のレッスン料 22 ドルを支払い更衣室へ行ったが、更衣室のロッカーにはカギがなかった。
先週のフィットネス・センターでは、日本の100円ロッカーみたいなのが25セントで使えたのに。
でも、盗難には責任は持てないって書いてあるし、1日の終わりにはカギを開けて荷物を処分するとまで書いてある。
どうも、自分でマイ南京錠を持ってきて、ロッカーにカギをかけるらしい??

テニスは体育館みたいなところでやった。
コーチは女性で、とてもわかりやすい英語でしゃべってくれた。
Intermediate class ということでついていけるか心配だったが、十分大丈夫だった。

ところがゲームをする時の仲間との意思の疎通は、とても難しかった。
50才代くらいの男性は、「これからがんばろうぜっ」というつもりだったんだろうけれど、自分とハイタッチをしたかったみたいだったが、自分は「あっちいけ」という意味かと思ってたじろいだ・・・なんていうこともあった。
(別の日のことだが、ホームレスがこぶしでグーを出してきた時は殴られるのかと思ったら、彼はグータッチがしたかっただけ・・・なんてこともあった。)

でも仲間がいいプレーをすれば盛り上がるし、今日は自分が奇跡的にサーブやスマッシュを決めることができ、その時は仲間が大いに盛り上がってくれた。
ある意味、スポーツは言葉の壁を越えるということなのだろう。

ボールを集める時は、それ専用の筒があって、筒をボールの上から押し込むと次々と拾えるという便利な道具があった。
ボールを拾うのに、かがむ必要がないってわけ。
おおっ、さすがアメリカ!

カナダに来て以来、初めてテニスができて、とても気分がさわやかだった一日。

2009年11月22日日曜日

Coasta● プリペイドカード

11/21 (土) 朝はくもり 午後から雨

日本を出る時に買った KDD や Softbank のプリペイドカードはとっくに使い果たしたので、先日、日本人がやっている店でプリペイドカードを買ってきた。
たくさんの種類のカードがあるのだが、固定電話にかける時には Coasta● のカードがおすすめだと言うので、それを買った。
30ドル分買って使い始めたところ日本まで 1144 分通話できるとのことなので、これはかなり安いと思う。

ところが使い始めてみて、いくつかの難点があるのに気づいた。
まず、通話先の地域番号の最初の「0」をとるかどうかを含め、かけ方がはっきりと書いていない。
しかも、「0」をつけたりはずしたりしていろいろと試してみたのだが、なかなかかからなかった。

また、いったん電話がかかってからも、話がしずらかった。(結局は「0」ははずした)
相手先ではこちらの声が聞こえているようなのだが、こちらでは相手の声が断続的に聞こえるような状況で、特に自分が話し終えてから数秒間は「不応期」と言ったらよいのかもしれないが、全く聞こえないことが多かった。

印象としては、このカードの回線は「細すぎる」。
コツをつかめばいいのかもしれないが、かなり難しい。
KDD や Softbank のような快適さを求めるには、それなりの投資が必要なのだということを学んだ。

2009年11月21日土曜日

拡張障害みたび

11/20 (金) 昼はくもり、夕方は一部晴れたが、朝と夜は雨

U 先生が拡張障害に関する重要な論文を紹介してくれたので、備忘録として記録しておく。

1) Naguch SF et al. Recommendations for the evaluation of left ventricular diastolic function by echocardiography. J Am Soc Echocardiogr 2009; 22: 107-133. (Guideline)
2) George N et al. Intraoperative assessment of diastolic function: utility of echocardiography. Curr Opin Anaesthesiol 2003; 16: 11-19.
3) Fleisher LA. Implications of preoperative heart failure. Anesthesiology 2008; 108: 551-552. (Editorial)
4) Shanewise JS. Measuring diastolic function with transmitral flow propagation velocity: more than just a pretty picture ? (Editorial)

1 のガイドラインはかなり長いのだが、最後のほうに数多くある指標をどのように利用して拡張能を評価するかという流れ図がのっており、臨床上でももちろん有用だと思うが、これから周術期の経食道心エコーの試験を受ける人はぜひ読んで理解しておくべきだと思う。
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週末を乗り切るために、病院前のM銀行でトラベラーズチェックを現金化してきた。
いつも感心するのだが、窓口の受付の人と2回目以降に会うと必ず覚えていて、前にも会いましたよね・・・と声をかけてくる。
しかも会話の内容まで覚えているのだから、銀行員はみんなたいした記憶力だと思う。

正直なところ、自分は外来の患者さんの顔や名前を覚えるのが得意ではなかったので、うらやましい能力だと思う。
それともひょっとして、努力が足りなかったってこと??

2009年11月20日金曜日

Transmitral Flow Propagation Velocity (続き)

11/19 (木)朝はくもり その後はずっと雨

昨日の U 先生の講演で、Transmitral Flow Propagation Velocity (Vp) の正常値は 0.45 m/s 以上ということだった。
ただ、昨日のブログで紹介した「よくできた日本語のウェブサイト」によるともっと高めの値が正常とされていたので、少し気になっていた。

自分が聞き間違えたのかもしれないと思って今日 U 先生に尋ねたところ、やはり 0.45 でいいと言う。
あいにくテキストを日本から持ってこなかったので調べるのに苦労したが、0.45 の根拠をいくつか見つけたので、備忘録としてここに残しておくことにする。
Khouri SJ et al. J Am Soc Echocardiogr 2004; 17: 290-297.
Dumesnil JG et al. Am J Cardiol 1991; 68: 515-519.
Essential echocardiography: a practical handbook with DVD / edited by Scott D. Solomon, with Bernard Bulwer; foreword by Peter Libby.

大学の e-books が充実しているので助かった。
美しい図表を利用できるのもうれしい。

J 先生の指導の下で執筆している本の締め切りがいよいよ近くなり、J 先生も本気モードになってきたもよう。
自分が S 市立病院の Y 先生の論文指導をした時に、期限付きの宿題をたんまりと出したものだが、今はまさにその逆バージョンということで、宿題がたんまりあってヒーヒー言っているところ。

2009年11月19日木曜日

拡張障害に関する講演

11/18 (水) くもり 夕方から雨

今朝は U 先生による拡張障害に関する講演があった。
タイトルは"Perioperative diastology" だったのだが、"diastology" という言葉があるのをはじめて知った。
「拡張期学」とでも訳すのだろうか。

収縮が正常にもかかわらず拡張のみ異常があるのを "Isolated diastolic HF" という。
Systolic HF は男性に多いが、diastolic HF は女性に多い。

拡張期障害と予後の関係が調べられていて、E/e'>=15 の diastolic HF は有意に生存日数が短い。
周術期に関しては、収縮障害単独では予後は変わらないが、拡張障害があると術後の転帰が悪くなる。
また、拡張障害があると人工心肺からのウィーニングが難しくなるという報告がある。

Doppler tissue imaging および transmitral flow propagation velocity に関する画像提示があった。
後者によって、僧帽弁流入血流波形の normal pattern と pseudonormal pattern を区別することができる。

治療に関しては lusitropic agent が存在しないことから、拡張障害に対する特異的な治療は存在しない。
心エコーなどを用いて綿密にモニターすること、輸液を慎重に行なうこと、心筋虚血を避けるような心拍数コントロールが重要である。

ついでながら、インターネットで調べていたら拡張障害に関してとてもよくまとまっているウェブサイトを発見した。
http://medt00lz.s59.xrea.com/kakuchou/kakuchou.html

2009年11月18日水曜日

なぜか鍋が増えた

11/17 (火) 晴れのちくもり 夕方一時小雨

夕方アパートに帰ったら、共有スペースに洗剤のようなにおいが充満していた。
冷凍庫に張り紙があり、「今日は共有スペースを掃除しましたので、きれいに使って下さいね」といったようなことが、英語で書いてあった。

そういえば風邪で具合が悪かったころ管理人がやってきて、「住人で費用を負担するのなら共有スペースをプロに掃除させてもいい」というようなことを言ってたっけ・・・。
現在はわれわれのユニットには4世帯住んでいて、みんなそれなりに忙しいし掃除はしたくないから、プロにまかせてしまおう・・・ということになったのだった。

まあわれわれが費用負担するか自分たちで掃除をするかの選択ということであれば話はわかりやすいのだが、不思議なのはメキシカンの C 君がゴネて管理人に「管理人の負担で共有スペースを掃除すべき」といったようなことを言ってから、管理人が掃除の道具を寄付していったり、今日は不思議なことに鍋や皿を大量に置いていったりしていることだ。

C 君が管理人とやりあうごとに、いろいろなことが決まっていくことは前に書いた。
それがわれわれ(住人)にとって都合の良い方に決まっていくのはいいのだが、逆に言えばやりあわなければ何も得られずに損をするというわけなのだろう。

日本式サービスに慣れた自分としては、そこがどうもしっくりとこない。
文句を言うことで始めて権利や主張が認められ、言わなければなにもなしっていうのは、社会のありかたとしては未熟で原始的であるように感じられてならない。

これがアメリカということなのだろうが、やっぱり自分にとっては住むのは日本が一番だと思う。

2009年11月17日火曜日

J先生復活

11/16 (月) 一日中雨

毎日毎日雨が降り続けると、傘を使わない日がない。
今日も朝から雨なので傘をさそうとしたらうっかり落としてしまい、手元の部分が割れてしまった。

せっかくだからこっちで新しいのを買おうと思い、帰りに SEARS へ。
さすがに雨ばかり降る土地柄だけあって、いろんな種類の傘が売っていた。

自分は一番売れてそうな、丈夫そうな折りたたみ傘を買った。
税込みで 10.01 ドル。

インフルエンザで倒れた J 先生と久々に研究の打ち合わせをした。
彼と執筆している本をこれからどのように仕上げていくか、それが終わってからの研究プランなどについて話し合った。

彼はいろいろと気遣ってくれているらしく、家族のこととか年末の一時帰国のスケジュールなどについてもたずねてくれた。
彼以外にも胸部麻酔チームがそんな感じみたいで、遠い日本からやってきたオジサン麻酔科医をいろいろと心配してくれているようである。

2009年11月16日月曜日

久々に身体を動かしました

11/15 (日) 一日中雨

昨日、日本語学校のボランティアに行った時に、バンクーバー在住経験の長い人たちにさんざん脅かされてしまった。
これから長い冬が続くが、日照時間は極端に短くなるし雨は降り続くしで、けっこうつらいのだそうだ。

うつ状態になる人も少なくないらしい。
また、それを治療するために家の中で専用のライトを照らす療法もあるのだそうだ。

そう言われたからというわけでもないのだろうが、今朝は雨が降っていて、朝8時の時点でも空が暗かった。
緯度が高くて冬だからなのだろうが、同じ雨降りでもバンクーバーは東京よりも圧倒的に空が暗いと思う。

だからといって暗い空に負けるわけにいかないし、また、最近身体を動かしていないと思い、今日はコミュニティ・センターの中にあるフィットネス・センターに行ってきた。
マンスリー・パスだともっと安いのだが、一回ことに払う場合は入場料は 5ドル25セントだった。

トレーニング室全体の面積は新宿区立スポーツセンターと同じくらいだと思うが、新宿では大きな部屋でみんながトレーニングを行なっていたのに対し、こちらはいくつかのコンパートメントに細かく仕切られていた。
筋トレ用のマシーンに関しては東京とさほど変わらないと感じたが、"Cardio" と称する心肺機能を高めるための機具の数が圧倒的に多かった。

自動的に動くベルトコンベアの上を走ったり、階段昇りの機具とか、エアロバイク、ローイングマシーンもあった。
自分の使いたい機具ごとにスケジュール表があり、そこに30分きざみで自分の名前を書き込み、予約するような感じである。

日本だとタオル(ぞうきん?)が備えつけてあって、各自が使用後にマシーンについた汗をふくのだが、こちらではディスポの紙タオルにスプレーで液体をふきつけ、それで使用後のマシーンを拭くのである。 おおっ! さすがアメリカっ!

それから、日本のどこの公営の施設よりも優れていたのは、バーベルなどのフリーウェイトの種類と数である。
身体の大きいカナダ人に対応するためだろうが、今までに見たこともないような大きなバーベルが大量に備えつけてあった。
フリーウェイトに関しては多少の心得はあるので、自分としてはとても楽しむことができた。

その他、Spinning というエアロバイクのプログラムとかヨガとかいろいろな企画がもりだくさんで、長い冬を楽しむことができそうに感じた。

本日の備忘録
メキシカン C君の彼女によると、1ドルコインを「ルニー」、2ドルコインを「トゥニー」というらしい。
さっき彼女に、「乾燥機使いたいから、ルニー1コ両替してくれない?」と言われ、「???」という感じだった。
実はメキシコ語だったりして・・・。

2009年11月15日日曜日

日本のマンガ文化

11/14 (土) くもり 夕方から雨

日本語学校のボランティアで、今日は地下の倉庫でマンガ本の整理をした。
ダウンタウンのマンガ喫茶がつぶれ、その本が大量に日本語学校に流れてきたというわけである。

マンガ喫茶が閉店前にマンガを売りさばいたということもあり、地下に大量にあった在庫は言っちゃ悪いが「文化の香りのかけらもないような」ものばかりだった。
少年~青年期に読んだ懐かしいマンガ(朝太郎伝、六三四の剣、妻をめとらば、課長島耕作 など)に出会えたのは良かったが、その他は残念ながら読む気の起こらないものばかりだった。

帰りに Robson 通りの本屋に寄って来年の手帳を買ったのだが、そのあと店内をフラフラしていたら、"Art" のセクションに大量にマンガがあった。
「カナダ人もマンガを読むんだ~」と思って近づいたら、タイトルが英語なので一瞬よくわからないのだが、よーく見ると作者はほとんど日本人なのに気づいた。

そういう目でよーく見ると、逆に日本以外のマンガはほとんど見当たらない。
翻訳されて外国で大量に売られるなんて、ジャンルは違うが村上春樹なみのような成功なんだろうと思っていたら、それらのマンガの中心に燦然と "God of the Manga" として手塚治虫の豪華本が売られていた。
もちろん表紙は鉄腕アトムだった。

会話クラブで出会う親日家の若者たちが目を輝かせながら嬉しそうにガンダムやグレートマジンガーのことを語ることからも、マンガやアニメーションは自分が思っている以上に日本の誇るべき文化なのかもしれない。
一冊の単行本を出すことなく夢破れた漫画家の卵たちもいれば、学校の地下の倉庫に眠っていたつまらないマンガの作者がいて、その上に外国で自分の作品を売ることに成功したアーティストがいるというわけである。

日本のマンガ文化はそういう過激なマンガ家たちの競争の上に成り立っており、文化人・芸術家として成功するのはほんのごく一握りなのだ。
プロスポーツなみ、あるいはそれ以上の熾烈な競争の世界なのかもしれない。

2009年11月14日土曜日

冬の訪れ

11/13 (金) 朝は雨 その後晴れ

今日はじめて、North Vancouver の山に雪が積もっているのに気づいた。
昨日は気づかなかったことから、おそらく昨夜のうちに積もったのだろう。

病院からの帰り道が坂の上からダウンタウンを見下ろすような位置にあるのだが、雪の積もった山を背景にハーバーセンターなどの建造物がとても美しく映えている。
今日はカメラを持っていなかったので撮れなかったが、週末にチャンスがあったら写真におさめたいと思っている。

今日のCBC のトップニュースは、バンクーバー冬季オリンピックで女性のスキージャンプ競技を実施することを求めた訴えが退けられたということだった。
http://www.cbc.ca/canada/british-columbia/story/2009/11/13/bc-women-ski-jumpers-appeal-dismissed.html

柔道やレスリング、マラソンの方がよほど女性には過酷だと思うし、同じスキーでも回転や滑降系の競技は女性に開放されているので、ジャンプに関してはダメというのはわかりにくいような気がする。
競技人口が極端に少ないのだろうか。

2009年11月13日金曜日

H.I.●. ふたたび

11/12 (木) 晴れ

年末まで1ヶ月半あるのだが、そろそろ帰国のフライトを確保した方がいいかと思い、今日は H.I.●. に行ってきた。
先日H.I.●.に行った時は、(まあそんなものかもしれないが)旅程変更の控えをくれなかったり、会社名入りの領収証をくれなかったりで、何かちょっとな~という感じだったので、正直なところあんまり行きたい気はしなかったのだが、他に選択肢があまりないのである。

というのも、日本国外発の JA● の航空券をインターネットで確保しようとする場合は、米国またはカナダの住所で登録してあるクレジットカードが必要だというのである。
そんなものは持っていないし、こっちの旅行会社で英語でやりとりするのも自信がないので、H.I.●. となったというわけである。

帰国希望の日を告げたところ、「残り1席ですね」とのことだった。
今日来て正解だったということなのだろう。
ふだんは外国暮らしでも、年末や正月くらいは日本で年越しそば食って、格闘技番組見て、おせち食って、おとそ飲んで、こたつでみかん食って、箱根駅伝見て、筋肉番付見て、年賀状読んだり書いたり、子供たちとふだんはやらない凧上げやったりしてのんびり過ごしたいのは誰もが同じなんだよなあ~。

日本に帰ったらまず、足を伸ばしてゆっくり浴槽につかりたい・・・。
プールのシャワーみたいなところで身体洗ったりするのはいまだに慣れないし、たぶんこれからも決して慣れないと思う。

2009年11月12日木曜日

リメンバランス・ディ

11/11 (水) くもり一時晴れ

水曜日にもかかわらず朝のカンファレンスがない理由が知りたくて、昨日、医局の秘書さんにたずねたところ、リメンバランス・ディという国民の祝日のために病院が休みとのこと。
「だから朝ゆっくり寝てていいんだよ~」とにこやかに言われてしまった。

リメンバランス・ディというのは、日本語で言うと「戦没者追悼記念日」みたいな感じだと思う。
1918年11月11日11時に第一次世界大戦が終結したことに由来しているらしい。
http://en.wikipedia.org/wiki/Remembrance_Day
http://www.cbc.ca/canada/story/2009/11/11/remembrance-ceremonies.html

街を歩く人たちの多くが胸に赤い花(ポピー)をつけて歩いているが、それもこの日と関係が深い。
そういえば現在カナダ訪問中のチャールズ皇太子とカミラ夫人も、セント・ジョンズで飛行機から降りてきた時点でポピーをつけていたっけ。

日本にいると戦争はずっと昔のことととらえられがちだが、カナダでは現在もアフガニスタンに軍人を派遣しており、しかもつい先日も一人亡くなっていることから、現在も進行中のことがらなのである。
しかしその一方で、ラジオ番組では追悼集会への若年層の参加の多寡を論じる声もあったりして、若者の動向が気になるそのあたりはどこの国も変わらないのだと感じた。

今日はリッチモンドまで買い物に行ったが、ショッピングモールはものすごい混雑だった。
ここ2ヶ月ほど運動していなかったので、トレーニング用のシューズを買ってきた。
もう少し咳が減ったら、フィットネスクラブに行くつもり。

2009年11月11日水曜日

EBUS (イーバス)

11/10 (火) 朝はくもりだったが、その後一日中雨

今日は指導教官の B 先生に、endobronchial ultrasound (EBUS) という技術があるということを教わった。
現在自分は J 先生の指導のもとで本の執筆の協力をしているのだが、B 先生は同じ本の別の章に EBUS について書いているとのこと。

EBUS では全身麻酔下にラリンゲアルマスクなどで気道確保を行なった状態で気管内にエコープローブを挿入し、エコーで縦隔リンパ節を観察しながら生検を行なう。
従来の縦隔鏡にかわる低侵襲な手法として期待されている。
http://www.ctsnet.org/sections/clinicalresources/thoracic/expert_tech-40.html

B 先生によると、トロント大学の外科にいる日本人医師が盛んに行なっているらしい。
グーグルで検索してみたところ、確かに日本人医師が指導的な役割を果たしていることがわかった。
http://events.cmetoronto.ca/website/index/SUR0947

胸腔鏡下食道切除術でも日本人が世界で指導的な役割を果たしている。
テクノロジーの進歩と繊細な指先の技術が、指導者としての日本人を必要としたということなのだろうか?
とても興味深い。

2009年11月10日火曜日

復路の変更(H.I.●. にて)

11/9 (月) くもり(昼食時は大雨) 暖かい一日

バンクーバーに来る際に往復航空券を買うか、片道を買うかで悩んだことがあった。
結局は往復を買ったのだが、それが4ヶ月のFIX だったため帰りを12月末に設定した。

ところがいつのまにか話が違っていて、実際は1年間のFIXOPEN だということなので、帰りはもっと先延ばしにしても良いということになった。
その間の一時帰国に関しては、バンクーバー発着の往復を確保するというわけである。

そこでさっき、帰りを先に延ばす手続きをするために H.I.●. に行ってきた。
東京でチケットを確保した時には変更は無料ということになっていたのだが、実際には 15 カナダドルの費用がかかった。
費用を徴収した以上は日本だったら会社名入りの領収証がもらえそうなものだが、こちらではなぜか領収証には会社の名前(H.I.●.)が全く載っていなかった。
なんかちょっとあやしい・・・?

また、来年の夏休みに帰る便も確保できたらしいのだが、年末から来年夏に便を変更した旨を記載した控えをもらうことができないというのも、なんとも不満の残るところだった。
つまり、H.I.●. 社のコンピュータ上のやりとりを全面的に信用するしかないというわけである。

まだ年末までには時間があるが、そろそろ一時帰国のことも考えなければならなくなった。
9月21日にこっちに来て一時帰国まで3ヶ月ちょっとあると思っていたのだが、今がちょうどその3ヶ月の半分たった時期である。
残りの半分で何とか研究のプロトコールを完成させ、さらに英語力もアップさせたいものである。

2009年11月8日日曜日

ほぼ全快しました

11/7 (土) 雨 夕方からくもり

ここ2日間発熱がないため、雨の中だったが日本語学校にボランティアに行ってきた。
いつもは40分位歩いていくのだが、そこは少し慎重にバスを乗り継いで行った。

念のためいつもの咳止めを飲んだ行ったのだが、それが効いたのかあまり咳が出なかった。
働いている間もだるくなることもなく、熱っぽくもなく、好調だった。

倒産したマンガ喫茶から寄付されたという膨大な量のマンガの中から、「レガッタ」(原秀則)1・2・3・4・6巻を借りてきた。(なぜか5巻がない)
帰宅後に体温を測ったが、36.4℃だった。

ほぼ全快ということで良いのではないかと思う。
少し咳は残っているが、やがてなくなっていくことでしょう。

2009年11月7日土曜日

暖房設備復活

11/6 (金) くもり時々雨

体温は35℃台後半から36℃台前半をキープ。
30分くらい出歩いてきても全然大丈夫。
全身状態は悪くないのだが、いつものことながら咳が止まらないのが困る。

大学で勤務している頃、やはり1年に一度くらいはこういうことがよくあった。
清潔な手袋をした状態でレジデントに硬膜外ブロックを指導していたら咳が出始め、どうにも止まらなくなってしまい、患者さんが背中越しに「先生、大丈夫~?」と逆に気遣ってくれるような状況・・・。

夕方、近所のドンブリ屋でテリヤリ丼を買ってきたら、何か部屋が暖かい??
一瞬自分の身体に熱があるのかとも思ったのだが、おそるおそるヒーターに触れてみると、超熱い!
やった、ついに暖房復活!

一時は近所のホテルに避難することも考えたくらい寒かったが、なんとか耐えしのいだという妙に達成感のあった一日。

2009年11月6日金曜日

一難去って・・・

11/5 (木) くもり時々雨  

おとといの時点ではもうそれからの回復を疑わない状態だったが、実はそう簡単にはいかなかった。

昨日は朝7時からの勉強会に参加すべく早起きしたのだが、最初は無理をしない方がいいかと思い早めの午後2時ごろ帰ってきたが、そのころにはすでに身体が妙にだるかった。
さらに悪いことにまだアパートの暖房が回復しておらず、寒くて仕方がない。
しかたがないのでベッドで寝ることにした。

途中、英会話クラブからの電話で目が覚めたが、全部で4時間くらい眠っただろうか。
アパートのサブマネージャーが来るまでずっと眠っていた。
彼女はブランケットをさらにもう1枚、"COLD&FLU TIME TEA" というハーブティーを3パック持ってきてくれた。

「具合が悪いんなら靴下はかなきゃだめじゃない」と言われたが、「日本では靴下はいたままふとんに入っちゃいけないんですよ」と英語で言うだけの CPU メモリが自分の脳ミソには残っていなかった。

そのあと熱っぽいので体温を測ったら、なんと 38.7 ℃ !
測らなきゃよかった。
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前にこのブログで、自分のまわりはみんな元気な人たちばかり・・・と書いたが、昨日は自分の直接の指導医である J 先生がインフルエンザ(のような症状)で倒れるという事件があった。
自分が彼がいるはずのオペ室に行ったら、彼がいない代わりに若い麻酔科医がいて、「さっきまでいたんだけどインフルエンザになって帰ったよ」 と教えてくれた。

ものすごく驚いた。
と言うのは月曜日に会おうという彼の申し出を、自分の体調が悪いからと言う理由で延期してもらっていたからである。
しかも自分がその日の夜には発熱していたことを考えると、もしも彼がこの日にいたら自分がウイルスを撒き散らすことで彼の具合を悪くしていたかもしれない。
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今日は無理せず病院には行かないことにした。
体温は一貫して36℃台が続いている。
"Robitussin" というまずい咳止めの味にもすっかり慣れ、咳が減ってきたように感じる。
アパートの暖房が復活すれば、もっと状況は良くなるはずだと思う。

いよいよエピデミックが身近な問題として感じられ始めてきた。

2009年11月4日水曜日

医療機関訪問

11/3 (火) 晴れ

全身状態はかなり良くなってはいたのだが、昨日がものすごく寒かったこと、アパートの暖房設備が停止したことから、寒気が強くしかも咳が止まらなくなってしまった。
咳が止まらないのはとにかく苦しいので、今日は渡航前に契約した保険会社のつてで医療機関にかかることにした。

今日は比較的に冷静なためか体温計を見つけることができた。
36.9 ℃だった。
それでも熱っぽい感じはないことから、一時期はもっと高かったのかもしれない。

まず保険会社に相談しなければならないが、北米のほとんどの都市に関してはヒューストンの日本語窓口にかけることになっていた。
そこで各都市の日本語の通じる医療施設の情報が提供されるというわけである。

基本的には日本語でのやりとりとはいえ、外国語の施設名や住所のやりとりを電話でやるのは難しい。
そこで念のためにメールでも情報を送ってもらうことにした。
ただメールアドレスを正確に口で伝えるのも大変だったが。

イギリスやカナダのように医療が国民に基本的に無料で供給される国では簡単に医師にかかれないという印象があったので、その日のうちにかかることができたのは自分にとっては意外だった。

実際に行ってみると事務員の半分くらいが日本語の通じる職員で、その点はとても助かった。
しかし12時半に到着したものの診察してもらったのが2時半くらいだったので、2時間待ちだった。
もっとも自分のペイン外来でもそのくらい待てせてしまうことはよくあったが・・・。

医師が何人かいる中の一人が日本人ということで、正直なところ「地獄に仏」と思ったが、いざ話してみると「日本人の苗字を持つ、日本語が多少わかる医師」という感じだった。

自分が「先週の木曜の夜から全身倦怠感が・・・」と話し始めると、先生が「5日前から・・・、『せんしんけん・・・?』ってなに?」とおっしゃるような感じで、自分が日本語の医学用語を英語で説明するような珍妙な局面があった。

呼吸音の聴診では、「肺は大丈夫」とのことで安心した。
咳とかのどの痛みとか首より上の症状が中心の場合は、まあカゼでしょうと・・・。
Flu (インフルエンザ)の場合は全身の症状が強くて体中が痛くなったりするから・・・とのことだった。

実にあっさりした診察で、咳止めを出してくれるというのでそれを処方してもらった。
「風邪には抗生剤は効かないからね」と、当たり前のことをずばりと言われ、しかも本当に処方しなかった。

アパートの暖房はまだ復活していない。
けれど、たぶん隣のメキシカンの C 君の強い押しがあったためか、各部屋にブランケットが配給された。
C 君とアパートの経営幹部のやりとりを見ているとかなりはげしくやりあっているのだが、最後にはいい線に落ち着きつつしかもお互いに傷ついていない。

英語のできない自分に彼らを批判する資格はないのだが、もっとスマートに問題解決できないものかともどかしく思ってしまう。
しかしこれがアメリカ流なのかもしれない。

2009年11月2日月曜日

最強の獲得免疫(?)

11/1 (日) 晴れ サマータイムが終わるため今日は1日が25時間

先週の木曜日がとてつもなく寒く、ちょっといやな予感はしていたのだがすっかり体調をくずし、金曜日はすっかり寝込むことになってしまった。
眠いというわけではないのだが、身体が思うように動かないのである。
とにかくだるく、日中(午前7時~午後5時)の間だけでも7時間は眠ることとなった。

関節痛や筋肉痛はなかった。
アパートの3階に住んでいるためか、地下の洗濯機・乾燥機置き場との往復があり、両下肢の筋肉の疲労感は多少あった。
鏡でのどを見ると、口蓋扁桃が真っ赤だった。

こういう時のために体温計を買っておいたのだが、スーツケースの中や常備薬置き場など、いくらさがしてもない!
6月のバンクーバーの学会出張にはしっかり持っていったのに!

自分の最近の人生20年間の中では史上2位の具合の悪さであることから、慣れない異国の地でいくら日本語サービスがあるとはいえ、保険会社や医療機関に連絡するのは得策ではないと判断した。
幸いなことに高熱があるという実感はなかったため、とにかく現状より悪くしないことを目標に、風邪薬だけはしっかり飲んでじっと耐えることにした。

最悪のシナリオは脳炎と心筋炎の合併だ。
TEE の講習会でインフルエンザ心筋炎の動画を見た記憶が蘇る。

夜はともかく、昼にベッドでじっとしている時は、電灯とラジオをつけっぱなしにし、部屋のカギを開けておくことにした。
幸いなことに自分の部屋のドアには大きなガラス窓がついているので、もしも自分の意識が混濁したような場合、深夜になっても電灯が明るくラジオがついていれば、誰かが気づいてくれるものと淡い期待を持った。

ムコダインが効いたのか、深緑色の痰が多量に排出された。
こんな状態で全麻のオペを受けることになったら、呼吸器合併症は必発だ。

土曜日は多少は回復したが、それでも日中に5時間は眠った。
両上肢に痺れを感じることがしばしばあった。
自覚しない呼吸困難感を代償するための過換気状態か、あるいは電解質異常か?

あまり食欲はないのだが、何か食べて飲まないとダメになってしまうと思い、無理やり夕食を摂った。
これ以降、両上肢のしびれは出ていないので、電解質異常だったのだろうか?

今日は幸いなことに、日中はずっと起きていられた。
明らかに回復徴候。
咳が出てのどが痛いのだが、普通の風邪という感じ。

本当につらい週末だった。
これがインフルエンザだったかどうかはわからないが、今となっては最強の免疫を獲得したのだと思うよりほか仕方がない。

日本のことはよくわからないが、カナダでは今、ワクチン接種をめぐって一部でパニックに類似した状態になっている。
http://www.cbc.ca/canada/story/2009/10/31/swine-flu-clinics.html

「65才以下の慢性疾患のある患者とあたしたち妊婦が優先だっていうから来て5時間も待ったのに、ようやく玄関先まで順番が来たところでもう終わりってどういうことっ?!」
という怨嗟の声が、CBC のラジオから流れてくるのがわかった。

本当に一日も早い終息を祈るばかり。

2009年11月1日日曜日

ハロウィンのできごと

10/31 (土) 晴れ

今日はハロウィンで、街をいろいろな格好をしている人たちが歩いている。
これまでの自分の知識では仮装するのは子供たちだけで、子供たちのお祭だと思っていたのだが、意外にも20~30代くらいの大人も仮装していた。

近所の韓国料理屋では、店員がピンクの衣装を着ていた。
高橋留美子のアニメに出てきそうな格好。

マックでは魔女のような格好をしている女の子たちが食事をしていた。
なんか、秋葉原がなつかしい。

さらに驚いたのは、アパートに戻ったら見知らぬ若者男女4人が自分のユニットの共用スペースで、チゲ鍋のようなものを囲んで宴会をしていたことである。
彼らはたくさんの言語を操るようだが、自分の姿を見たら「おじゃましてまーす」と流暢な日本語であいさつしてくれた。
メキシカンの彼女が帰って来た時は、「ハーイ」と言っていたが・・・。

ハロウィンでは、こういうのもアリなんだろうか?
どこからどこまでがいわゆる「ハロウィン」なのか、さっぱりわからない。
ますます観察していかねば。

2009年10月30日金曜日

メキシカンの意外な素顔(?)

10/29 (木) 一日中雨

アパートに戻ったら、めずらしくバスルームにカギがかかっていた。
誰か入っているのだろうと思ったのだが、物音がしない上に電灯もついていない。
あやまって施錠した状態でドアを閉めてしまったのかもしれないが、ちょっとイヤな考えが頭をよぎった。

最悪のシナリオ・・・ suicide (!)
次に避けたいシナリオ・・・ SAH or MI → collapsed on the floor

いずれにせよこのまま放置しておくわけにもいかないので、ドンドンとドアをノックしてみた。
返事がない。
困ったなあと思いつつ部屋にいったん戻ろうとしたら、メキシカンの C 君が出てきた。

C 君 「俺の部屋、ノックした?」
自分 「いや。バスルームをノックしたんだよ。カギがかかってるんだけど、中に誰もいる様子がないし。管理人に電話しようか?」
C 君 「その必要はないでしょ・・・。」

というと、C 君は台所の食器類をまさぐりはじめた。
そうは言っても放置するわけにはいかないから・・・と自分の部屋の方に振り返り、電話をポケットから取り出した瞬間、背後から
「キー」

バスルームのドアが開いていた。
一瞬のできごとだった。
やった、開けてくれたんだ、ありがとう C 君・・・と彼の顔を見ようとしたが、部屋が暗い上に彼の背中から外の光が射し込んで顔がかげになっている。

表情がよく見えないが、彼の右手にはナイフが・・・!!!
C 君 "Easy." (かんたんだったよ。)

声はほがらかなようだが、表情がよく見えない。
でもナイフがこっちをむいているのはとてもよくわかった。

ナイフで開けたのはわかったから、ちょっとそのナイフを片付けてくれないかなあ。
怖すぎるからさあ・・・。

問題は解決したが、バスルームのカギが簡単に開くこと、お隣のメキシカンが意外な特技(?)を持っていることもわかった。
C 君のガールフレンドを含め若い女の子もこのアパートにはけっこういるわけで、こんなに簡単にカギが開くのはまずいんじゃないだろうか。
C 君みたいに開けちゃうヒトがいるわけだから。

2009年10月29日木曜日

落ち葉の処理法

10/28 (水) くもり午後から小雨

黄色く色づいた楓の葉はきれいなものだが、それが落ち葉になると話が変わってくる。
どうもバンクーバーでは落ち葉を集めて捨てるという習慣がないようで、落ち葉は全て路上に放置されている。
しかもバンクーバーは雨が多いため、濡れた落ち葉が泥状になり、ぬかるみかけている箇所さえある。

日本を出る少し前にテレビのニュースで、大量に発生した虫の死骸が道路にたまり、車がスリップ事故を起こしているというのを見た。
ちょうどそんな感じのように思えるのだが、少なくとも今までは目の前で車が事故を起こしたり、足腰の不自由な人が転倒したのは見たことがない。

しかもこちらのそうじは、自分の感覚では信じられない方法で行なわれている。
一見、モーターがついていて掃除機のように見えるのだが、「吸い込む」のではなく空気を「吹き出す」のである。

店の前にたまった落ち葉にその機械を近づけることで、落ち葉を道路に押しやるというわけである。
これだと確かに店の前の歩道はきれいになるが、車道に落ち葉がたまるだけで本当の意味では解決になっていない。

自分の家の前の落ち葉だけを掃除することに多少の後ろめたさや心の狭さを感じてしまい、近所の落ち葉までつい集めてしまうのが日本人的感覚なのではないかと思う。
膨大な泥状の落ち葉を見るたびに、それだけは日本人として誇りに思っても良いことなのではないかと感じている。

2009年10月28日水曜日

また技が増えた

10/27 (火) 晴れ 朝はそうでもないが、夕方になると風が強くて寒い

あいかわらず人が何を言っているのかよくわからない状態が続いているが、それでも少しずつはわかるようになっている・・・ような気がする。

今日は地元のカナダ人で日本に行ったことがある人が、「トンカツが好きだった」と言っていた。
つまらない質問だが、すかさず「トンカツには何をかけたの?」と訊ねようと思ったが、「かける」を何と言ったらいいのかわからない。

とりあえず "put" と言っておいたら、話がつながった。
その後で "put" で良かったのか訊ねたら、それでいいと言う。
それでも心配なのでアパートに帰ってから調べたら、物によっても違うのだが "put" のほかに "pour", "sprinkle", "drizzle" などを使うらしい。
おおっ! これでまた技が増えたっ!

夕方はマックへ。
最近、マックでの注文が完璧になったので、自分の技を確認すべく一番いろいろな意味で注文困難な「サイドサラダ」を頼んだ。

すると最後に店員が「ご注文は以上でよろしいですか?」ということなんだろうが、"Is this everything ?" と言っていた・・・と思う。
確認すべく辞書で調べたら、レジとかで「これで全部ですか?」は "Is that it ?" とか "All set ?" などと言うらしい。
マックで言われたのと全然違うが、まあとりあえず、また技が増えたっ!

こんな感じで言葉が増えている状態っていうのは、まるで赤ん坊のようだと思う。

2009年10月27日火曜日

ワクチン投与開始

10/26(月) 朝は雨→昼から晴れ 風が強くて寒い

日本からのメールは自分にとっては元気のみなもとなのだが、その中から見えてくる日本のインフルエンザの猛威は、こちらにいるととうてい想像できないくらいものすごいもののようである。

こちらでは麻酔科医も外科医も看護師もみんな元気そうで、熱があってだるそうだったり咳をしている人に会ったことがない。
最近ボランティアで出入りさせてもらっている日本語学校で、父兄の方から子供が熱を出した・・・といったようなことをまれに耳にするくらいである。

駅で無料で配られている新聞 "metro" によると、ブリティッシュ・コロンビア州史上最大の "immunization program" (予防接種)が今日から始まるそうである。
新型インフルエンザに対して最もリスクが高い、妊婦、遠隔地域 (remote community) に住む人、65才以下(「以上」ではない)の慢性疾患を持つ人、ホームレスが最優先となる。
このプログラムはさらに拡大され、11月2日には医療従事者、年少児が対象となり、全員にいきわたるのは11月末とのことである。

最近、リスニング力強化目的で CBC のラジオを聴いているが、ニュースはもっぱらそればかりで、事態の重大さをうかがわせる。
それにしても自分のまわりではそういう緊迫した雰囲気は全く感じられず、言葉の壁なのかどうかよくわからないが、情報から隔離されている現状を認めざるをえない。

2009年10月26日月曜日

図書館でカード作りました

ブログ上は26日(月) となっていると思うが、これは25日(日)の備忘録です。
設定上の都合で、どうしても1日ずれてしまう。

残念ながら、雨降りの日曜となってしまった。
それでもじっとアパートにこもっているのは苦痛なので、近所の図書館に行くことにした。

バンクーバーで図書館といえばCentral Library
http://www.vpl.vancouver.bc.ca/branches/details/central_library
が観光の目玉にもなっているくらい超有名なのだが、アパートから遠いのと地元でなじみになっておきたいという気持ちから、近所の分館に行ってきた。

本を借りるにはカードを作る必要があり、それには ID と住所を証明するものが必要なのだが、パスポート、就労許可証、社会保険番号のカードを送ってきた封筒を持って行ったので、全く問題なかった。

最初の4ヶ月までは 10 品目までだが、それを越えると 50 品目まで一度に借りられるらしい。
貸し出し期間は、fast book (すぐ読んで返せってこと?)の指定がない本は3週間まで。
返し忘れた場合の罰金などが細かく決まっているところが、日本と違うところだと思う。

今日は英語学習キットとお笑いの本1冊を借りてきた。
英語学習キットは本1冊+CD 4本なのだが、日本のいかにも 100円ショップで買ったような透明なビニールのフォルダに入っていたのが笑えた。

自分は英語のリスニングがものすごく弱いので、CD を使って練習したいと思っている。

2009年10月25日日曜日

初めての散髪

バンクーバーに来てから1ヶ月以上経ち、出国直前に切った髪がだいぶ伸び、ボサボサになってきた。
自分としてはとても気が重いのだが、かといってこのまま放置するわけにもいかず、思い切って散髪に出かけることにした。

どのように髪を切ってもらうかを英語で伝えるのは難しい。
日本では、「カリアゲにならない程度に短めに・・・」などと言っていたが、そんなことを英語で言えるわけがない。

そもそも、床屋さんの言うことが理解できるかどうか・・・。
駅前留学の先生が初めて日本に来た時、コミュニケーションで苦労したという話が頭をよぎる。
彼は 2 cm 切ってもらいたかったそうだが、2 cm 分切るのか 2cm 分だけ髪を残して全部切るのか、床屋さんが混乱してしまったそうだ。

アパートの近くに理髪店があるのはチェック済みだ。
店の前に看板が出ていて、男性 14.99 ドルと書いてある。

入るべきかやめるべきか思案していたら、中から女の人が出てきた。
「どうしようか考えていたでしょう?」と、言われてしまった。
こっちの考えはお見通しみたいだ。

そうなったらもう腹をくくるしかないわけで、思い切って中に入ってみた。
ほかに誰も客も店員もいない。

椅子と鏡の組み合わせが3セットほどあり、その中の一番窓際に座った。
洗面台はない。
きっと頭は洗わないのだろう。

どういうふうに切りたいか訊ねられたので、1.5 cm 分と答えた。
しかし駅前留学の先生の例ではないが、1.5 cm だけ残して全部切られたらかなわないので、「1ヶ月前に切ったので」ということを強調しておいた。

クリッパー (clipper) で切ると言われたが、それがバリカンのことだというのはジェスチャーでわかった。
日本の床屋だともっとちびちび切ったように思うが、彼女は対照的に電気バリカンで思いっきりよく後頭部から切って(というより刈って)いった。

後頭部がスースーするのがよくわかる。
なんかすごく切りすぎなんじゃないか・・・、でももう遅すぎるかも・・・、もうダメだ・・・などと思っていたら、
彼女は電気バリカンを置き、今度はハサミでカットしはじめた。

超短髪になるという最悪の事態は逃れたかも・・・と思っていたら、あっという間に終わった。
恐ろしく早い。
そんなに変じゃなく終わって良かった・・・。

アパートに戻って冷静に鏡を見たら、おでこに切ったばかりの髪の毛がたくさんくっついていた。
そう言えば、洗髪はもちろん、髪の毛をそうじ機みたいなので吸引したりもしなかったっけ。

まあ初めてにしては無難に終わったとも言えるが、ちょっとコストパフォーマンスとしては今一つかなあ。
日本の地元の床屋で、バカ話をしながら髪を切ってもらったことが懐かしく思い出される。
気分的に余裕が出てきたところで、今度は別の理髪店を開拓してみたい。

2009年10月24日土曜日

動画のアップロード

アパートの無線 LAN に問題があるかもしれないと思い、病院で再度、動画のアップロードを試みたところ、今度はうまくいった。

オレンジ色の棒が浮かんでいるが、これはボートの上から投げた(辛そうな)お菓子である。
これには見向きもしないくせにマシュマロみたいなのを投げるとすぐに食いついたため、ボートの上のお客さん(ASA の参加者)から "diabetic alligator" と言われていた。


21日付けのブログについて、貴重なご質問をいただいた。
どのようにして、左主気管支が5cmであることを利用するのか、というものである。

このレクチャーでは、まずダブルルーメンチューブ (DLT) を気管内に挿管してから、先端が気管分岐部に達しないような浅い位置で気管支ファイバー (FOB) を利用することを推奨していた。

左用の DLT の場合、気管支ルーメンから FOB を挿入し、気管分岐部であると思われる部位をまず同定し、右上葉枝(とおもわれる穴)が3分枝であること、左第2分岐は遠いので左主気管枝(と思われる穴)からは見えないこと、5cm くらい FOB を気管分岐部から進めるとおおよそ左第2分岐部に達することを利用するというわけである。

冷静に第2分岐部を眺めてみると、そこからすぐにその次の分岐を見つけることができる。
気管分岐部から左主気管枝を眺めた時にはその次の分岐がすぐには見つからないのとは、全く対照的である。

27 cm 程度まで DLT を挿入してからだと、すでにどこかの穴に先端が入っているわけで、冷静な判断は難しいかもしれない。
そういう意味では、浅い位置でまずは FOB で覗くというやり方は、大動脈瘤や癌のリンパ節転移などで気管や気管支の偏位があるような症例では、特に有用である可能性があると思う。

2009年10月23日金曜日

バンクーバーへ無事帰還

右の写真は、ニューオリンズの swamp tour の時に撮ったワニ。
ボートのわきを離れることなく泳いでいた。

動画も撮ったのだが、アップロードしようと何度トライしてもエラーになってしまう。
今後の課題としたい。
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帰りのヒューストンからバンクーバーへの便があまりなく、やむをえず選んだ便でバンクーバーに着いたのが昨夜の11時40分ごろ。
カナダラインでいつもの駅までやってきて、アパートまで歩き始めたのが深夜 0時40分ごろ。

日本の大都市とくらべると人がまばらなこと以外は、日本の夜と何も変わらない。
アパートまで歩いて帰ったが、身の危険のようなものは全く感じなかった。

翌朝、お隣さんと話をした時、"It's (なんとかかんとか) to have you again." みたいなことを言われた。
あいかわらず人に何を言われているのかよくわからない状態が続いているが、ニコニコしていたことからたぶん「おかえり~」みたいなことを言っていたんだろうなあ。

つい30分ほど前、逆側のお隣さんのドアが開き、20代後半から30代前半と思われる日本人男性が出てきて、あいさつされてしまった。
昨日から住みはじめているとのこと。

このアパートに日本人も時々いるらしいことは知っていたが、同じユニットに日本人が入ったのは初めてだ。
アパートの隣人ウォッチングも新たなステージに突入したわけで、これからがますます楽しみだ。

2009年10月21日水曜日

ASA 第4日

いつもなら火曜日の時点で帰っているのだが、今年は火曜日の午後最後に一側肺換気のリフレッシャーコースレクチャーがあったため、この日までは残ることにした。

自分がこの分野に関しては最新の文献をかき集めている最中ということもあるのかもしれないが、講義の内容としてはそんなに新鮮なものではなかった。
ただ、米国の権威ある教授の講義を受けるチャンスはそうないわけで、いろいろな問題に対する自分の考え方と照らし合わせたり比較したりすることができた点はとてもよかった。

ある患者に対してどのサイズのダブルルーメンチューブを用いるかということに対して、トロント大学の教授の発言を引用しつつ、「結局は合意が得られていない」と明確に発言してくれたことはとてもありがたかった。
左主気管支径が、性別や身長に関わらず全くバラバラだというのがその根拠となっている。
ゴールドスタンダードがないことを知っておくことはとても重要であり、いかなるチューブ径の予測方法も「ある個人あるいはグループの意見を利用したもの」ということになる。

その点、Aman ら (Anesth Analg 2008; 106: 379-383) の考え方はある意味、特殊である。
チューブ径を正確に求めることをあきらめて最初から細めのチューブ (35 Fr) を選ぶというような方針をとってとしても、さまざまな合併症の頻度はそれまでの伝統的な方法と変わらないというものである。
主として経済的な理由でそのような方針を採っている病院を知っているが、決して誤りというわけではないことになる。

ダブルルーメンチューブの適切な深さも、同様に予測しがたい。
したがって慎重な位置決めが必要となる。
気管支ファイバーを用いて位置決めを行なう際には、①左主気管支径が約5cmあること、②右上葉枝が多くの場合3分岐であることを利用すれば、第2分岐部を気管分岐部と勘違いするリスクがかなり低くなる。

このレクチャーでは、うれしいことが2つあった。
一つは自分の論文が引用されていたこと。
パブリッシュされてから7年近くの歳月が流れているのに、いまだに人様のお役に立っていることがわかりとても光栄に感じた。

もう一つは、自分のバンクーバーでの指導医の総説を評して、outstanding で superb だと言っていたことである。
自分はこのレビューを読んで大きなインパクトを受け、彼と連絡をとり渡加を決意したので、この米国の教授と価値観を共有できたようで感激した。

初日に自分の研究を別の米国の教授たちに酷評され心が折れそうになったが、最終日になって広い米国には自分と価値観の近い人もいることがわかり、大いに勇気を得ることができた。

2009年10月20日火曜日

ASA 第3日

リフレッシャーコース (非心臓手術患者の術前評価) に関して

すでに研究がやりつくされた領域のような印象があるのだが、それでもやはりここ数年での進歩はあるようだ。
主に循環器内科領域でのデータが紹介され、周術期にとどまらず長期予後を改善することを目的とした研究が多く行なわれている。

例えば、2枝・3枝病変では内科的療法と差がないが、左冠動脈主幹部の50%以上の狭窄に関しては、血行再建療法が有意に成績が良いことが示されている。
またβ-blocker については、以前から投与されていたものについては周術期も継続することが奨められており、急激に始めたり止めたりするのは良くないようである。
スタチンについては継続が良いが、ある程度前から始めておかないと効果がないもよう。

不安定性狭心症と最近の心筋梗塞を見つけることが重要である。
周術期は過凝固状態にあるので、急激に状態が悪化することがある。
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午後は social activity の一つで、swamp tour に行ってきた。
コンベンションセンターから20~30分ほどバスで行った湿地帯でボートに乗り、沼地を一周するというものである。
一帯は自然状態が保存されており、ワニやカメがたくさんいた。

写真をたくさん撮ったが、残念ながらデジカメのケーブルを持ってきていないため、バンクーバーに戻ってからワニの写真や動画をアップしたい。
ワニを両手でつかんだがヌルヌルしておらず、どちらかというと皮膚はカサカサした感じだった。

2009年10月19日月曜日

ASA 第2日

自分の発表はとりあえず終わったので、今日はリフレッシャーコースで勉強したり、ポスター発表を見たりして過ごした。

リフレッシャーコース (Thoracic Anesthesia) に関して
胸腔鏡手術が増えていることを反映し、一側肺換気の絶対適応症例が増加してきている。
そのため、挿管困難に対処するためのデバイスや、新しいダブルルーメンチューブ、気管支ブロッカーの話があった。
Sidestream dark-field imaging という方法で、microcirculation の評価ができるとのこと。

リフレッシャーコース (肺高血圧患者の管理)に関して
あまり目新しい話はなかったが、自分の知識を整理するのには役にたった。
右室の拍出量が減ると左室の拍出量が低下し、冠灌流量低下から右室虚血という負の連鎖に陥る。
低血圧に陥った場合、中心静脈圧→肺動脈圧→肺血管抵抗→心拍出量 の順に評価し治療していくというアプローチは、単純だが理に適っており役に立ちそうだ。

リフレッシャーコース (Hematologic Challenge) に関して
一方、こちらは新しい話ばかりで、ついていくのが大変だった。
DES の話が古く感じられるほど、この分野の進化は著しい。
遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子製剤を術後出血のコントロール目的に投与するという話題、その製剤にさらにフィブリノーゲンを組み合わせるという話題がとても興味深かった。

器械展示会場では、似たりよったりの挿管困難対策のデバイスが多数見られた。
新しいグライド・スコープを初めて見たが、USBメモリをつなげるだけで挿管時の視野が動画として保存できるとのこと。
薬物はもちろんのこと、モニター類もそうだがいまだに日本で承認が得られていないものが少なくなく、とても残念に感じられた。
夕方の宴会では、10年くらい前に医局にいた A先生に久々に会った。
いつも思うことだが、所属が変わった昔の仲間とこうして会えるのも、学会ならではの良さなのではないかと思う。

2009年10月18日日曜日

ASA 第1日

ASA の学術集会は、Ernest N Morial Convention Center で行なわれた。
今日は自分のポスター発表があったので、いつもながらの A3 サイズの光沢紙を大量に持って出かけた。
ポスターは日本出国前にプリントしておいたものである。

ポスターを貼っている間に、I 先生が来てくれた。
麻酔科医と日本語で会話したのは、ほぼ1ヶ月ぶりである。
自分のポスター発表の間に N 先生も来て下さったのだが、当たり前だが1ヶ月前と変わっておられず、とてもなつかしく感じられた。

ポスター発表のあとで N 先生が予約して下さったレストランに3人で夕食に行ったのだが、レストランで食事をしたのは日本出国以来初めてであり、とても新鮮だった。
主に魚料理の店のようで、自分はホタテ貝 (scallop) をメインに食べた・・・ような気がする。
最もにぎやかな通りからわずかに外れたところにあり、静かに食事を楽しむことができた。

自分のポスター発表に関しては、残念ながらがっかりさせられるものだった。
進行役が発表者全員を引き連れて一人一人の発表を見て回るという形式だったが、時間が足りなくなる上に自分のポスターが部屋の隅にあったということもあり、他の日本人とともにあやうく無視されるところだった。

はるばるニューオリンズまでやって来て、無視されたらかなわない。
また、本当はもっと多くの人たちの幅広い意見を聞きたかったのだが、他のポスター発表に付き合っていたためにそれはついにできなかったわけで、せめて進行役の意見だけでも聞かなければ帰れないとも思った。

時間がないところを無視されないようにお願いする形で発表したのだが、その際のコメントも残念ながらがっかりさせられる内容だった。
詳しくはここには書かないが、建設的な意見からはほど遠いものだった。
どうやら進行役の一人は、かつて自分の論文を査読した一人だったらしい。

自分が進行役だったら、決してあのようにはしなかったのに・・・。
学問にこれからいかに取り組むかということに関して、そして自分が何のために不自由な思いをして(人にさせて)まで渡加したのかということに関して、気持ちをさらに強く持ち初心にかえった一日。

2009年10月17日土曜日

ニューオリンズ到着

朝5時前にはアパートを出発したかったので、4時に目覚ましを2個セットし、昨夜は9時半には寝た。
ぐっすり寝たな~という感じで目が覚めたのが3時45分。
もう一度寝ると寝過ごすリスクが極めて高いため、そのまま起きた。

外は大雨。
でも、ドーナツを食べコーヒーを2杯飲んでいたら、出発時には霧雨になっていた。
ちょっとツイてる。

カナダラインでそのままバンクーバー国際空港へ。
電車一本でダウンタウンから空港へ行けるのは、本当に便利だ。
サンフランシスコとちょっと似ている。

ちょっとうっかり失敗した・・・と思ったのは、乗り継ぎ便の時間設定だ。
職業病のせいか自分の手の指にはほとんど指紋がないため、米国の入国審査にはいつも1時間近くかかる。
そのため、いつも乗り継ぎに余裕を持たせるため2~3時間の乗り継ぎ時間を設定しており、今回もそのようにしたのだ。

ところが今日はバンクーバーからの出国だったため、実は米国内の乗り継ぎ地ではなくバンクーバーでの米国入国審査だったのだ。
つまり米国内での乗り継ぎの間、何もすることがなく、ぼーっと3時間ムダに過ごすことになってしまった。

最近は出発前に米国への渡航認証許可を申請する ESTA (Electronic System for Travel Authorization) が導入されているためか、入国審査はあっさりとしたものだった。
いつもは secondary control へ連れて行かれて、30分以上拘束されるのが常だったのに。

ニューオリンズに来たのは初めてだが、街が生きているというか、エネルギーというか、鼓動のようなものを強く感じる。
バンクーバーは美しい景色や自然があり、いろいろな人種がさまざまな言葉を交わし、フレンドリーな人と人とのつながりをまったりと楽しむ街という印象を持っているのだが、ある意味、対照的であるように思う。

2009年10月16日金曜日

まもなく1ヶ月

アパートの管理人さんに、2ヶ月目の家賃を支払った。
賃料支払いの期限はまだ先なのだが、ASA のためにしばらく留守にすることから、わざわざ今日にしてもらった。

はじめてこのアパートのこの部屋に来た時は、なんてボロいところだろう・・・と思って愕然としたものだが、もう1ヶ月経とうとしている。
今ではすっかりなじんでしまったように感じる。

今日はカナダラインに明らかに日本人という若者が、「地球の歩き方」を片手に路線図をじっと見ていたので、思わず声をかけてしまった。
まだ昨日から住みはじめたばかりで、これからダウンタウンに遊びに行くとのこと。
図書館の場所がわからないと言うので、だいたいの地理を教えてあげた。

自分よりもあとに次から次へと日本人がやって来ているという当たり前の事実に驚くとともに、毎日本当に少しずつだが街になじみつつあることを実感する。

今日の備忘録 (現地のネイティブに教わった言葉)
super-boring = 超タイクツ
「スーパー」ではなく、「シューパー」という感じで「シュー」を長く強く発音する。
例: "How do you like Nanaimo ?" 「ナナイモってどんなところ?」
"Super-boring !!" 「超タイクツ!! 学校から帰ったら、メシ食ってテレビ見て風呂入って寝るだけ!」

2009年10月15日木曜日

日加パンツ比較文化論

日本とカナダのパンツを比較することで文化を語ろうと思ったのだが、いろいろとインターネットで検索していたら、ひとくちでパンツとは言っても奥が深いことに気づいた。
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あるアパートの住人が乾燥機を開けてしまったため、自分の洗濯物がなま乾きの状態にされてしまった。
もう一回乾燥機を回すということも考えたが、夜遅かったのでとりあえず部屋で干しておくことにした。

そうは言っても着替えないわけにはいかず、かといって今使っている下着は全部湿っているので、先日 WINNERS で買った新品のパンツを使うことにした。
袋から出してみて、「?」って感じ???
どっちが前だろう???

つまり、ないのである。
社会の窓が・・・。
確かに袋の写真を見ると、社会の窓がない。
買う時には気がつかなかったけど・・・。

というわけで、日本のパンツ=社会の窓あり、カナダのパンツ=窓なし、という図式かと思ったのだが、インターネットで調べてみると、そう単純な事情でもないらしい。
つまり、どっちのメーカーでも「窓あり」と「窓なし」があるようなのである。

ちなみに Tommy Hilfiger の商品は、
http://www.freshpair.com/mens/Tommy-Hilfiger/underwear/briefs.html
グンゼは、
で見ることができます。
この窓なしパンツの使い勝手に関しては、あえてここには書かない。
しかしちょっとしたコツがあることだけは、確かなようである。

2009年10月13日火曜日

Burnaby 遠征

日本では体育の日で三連休なのだろうが、カナダは Thanksgiving day なのでこちらも三連休である。
昨日とおとといは ASA に向けての買い物とかで過ごしたので、今日は休日らしいことをしたいと思い、映画を観に行くことにした。

インターネットで日本語で「バンクーバー 映画」と検索してみる。
すると現地の映画館のウェブサイトにつながる道筋が自然と見えてくるから、インターネットは本当に便利だ。

ダウンタウンに少なくとも2つは映画館があるのは知っていたが、実際にはもっとたくさんあることがわかった。
アパートから歩いてほんの5分くらいのところにもあるが、おもしろそうなのが見当たらない。
"Zombieland" というホラーというかコメディもあるが、そういう気分でもない。

映画の内容から調べてみると、"The invention of lying" というのが面白そうだ。
ウソのない真実しかない世界に生きる男が、ひょんなことからウソをつくことを「発明」し、それを契機に大金持ちになるという話だ。
(実際にはもっと話は複雑なのだが、あえてここには書かない。)

残念ながらバンクーバーではやってない。
仕方がないので、エキスポラインで Burnaby の "Metrotown Centre" まで行くことにした。

行ってみて気づいたのだがここは超巨大ショッピングモールで、観光ガイドによると規模がブリテッシュコロンビア州最大で、店舗数が約500軒とのこと。
ものすごい混雑だった。

でも、映画は空いていた。
映画が10本くらい同時に上映されていたように思う。
大人1人税込み 11.99カナダドル(約1000円)だから、日本の正規大人料金よりもずっと安い。

もちろん字幕はなかったので細かいやりとりまで全てフォローすることはできないのだが、コメディなので大筋をとらえることは容易だった。
ただ、最後のクライマックスで主人公が何と言ったのかわからず、本当に残念!
その一言で展開がガラリと変わったので、自分の英語力のなさが悔しくてしかたがない。

誰かクライマックスの一言を知っている人がいたら、ぜひ教えてほしいものである。

2009年10月12日月曜日

火災訓練(?)

30分ほど前、パソコンをいじっていたら、突然ものすごいけたたましい音がアパートじゅうに鳴り響いた。
もっと正確に言うと、薄いドアをはさんだすぐそこの共用スペースから音が聞こえてくるような・・・。

表に出てみると、隣のカップルが上着で何かをあおいでいた。
"Don't worry !"
と叫びながら、でも表情は必死だ。

上を見ると火災報知機のセンサーが、下をみるとトースターから煙が・・・。
中にパンが2枚ほど入っているみたいだ。

こういうのをきっと一目瞭然とか、百聞は一見に如かずっていうんだろうなあ。
もう、言葉は何もいらないって感じ。

そういえば駅前留学に通っていた頃、あるネイティブの先生が、伝えることのできる情報量は言葉よりもジェスチャーの方が圧倒的に大きい・・・みたいなことを言っていたような。

それよりあせったのは、その5分後くらいに消防車がサイレンを鳴らしてやってきたこと。
これはマズいって思ったら、アパートの前を通過してくれた。
(そういえば、近所に消防署がある)

とりあえず自分とこのユニットに関しては、火災報知機がちゃんと作動することがわかってひと安心。
お隣さんがいろいろとやらかしてくれるので、ブログのネタには困らない。

2009年10月11日日曜日

迷惑な例文

カリフォルニアに住む叔父のすすめに従い、1年以上前からインターネットで英語の勉強をしている。
無料なのが魅力なのと、進捗状況が数字で得られるのが励みとなっている。

バンクーバーに着いて以来、土曜日の午前は部屋の掃除をすることにしているのだが、今朝のネズミ騒動ののあとで隣室のカップルが大掃除をしているため、自分の掃除はあきらめることにした。
自分の部屋の前の共用スペースは彼らの荷物やテレビ、ダンボール箱、パソコン、インラインスケート、空のペットボトル、その他膨大なゴミで埋めつくされており、薄いドア1枚はさんで彼らが作業しているのが聞こえてくる。
批判はしたくないが、汚い。

今朝はそうじのかわりに英語の勉強でもしようと思い、さっそく始めた。
ここに住み始めた頃は自分の英語が聞かれたらはずかしいと思っていたが、自分の英語が彼らより下手なのはすでにバレてるし、自分より下手な住人もいたので最近は気にならない。

勉強は調子良く進んでいったが、ある文を音読していて思わずハッとしてしまった。
"His room is filled with water bottles, cardboard boxes, and other miscellaneous garbage."
(彼の部屋は水のビン、ダンボール箱、その他ゴミでいっぱいだ。)
これはマズい、聞かれたらイヤミ以外の何者でもない!

でもどうやら聞かれてなかったみたいで彼らはその後も機嫌良く、部屋の中に招き入れてくれて「このヒーターの下にネズミがいたんだよ」なんて話してくれたので、まあ大丈夫だったのだろう。
ちょっと冷や汗をかいた。

2009年10月10日土曜日

早朝の珍騒動

現在、10月10日午前6時15分。
15分ほど前、隣のメキシコ人カップルに起こされた。

男性が大きいバスタオルを手に持ち、何か言っている。
彼らはふだん英語を話さないが、今は流暢な英語である。

マウスがどうのこうの言っている。
何が何だかよくわからない。

正しい英語かどうかよくわからないが、
"Mouse ? Do you mean a mouse that you use when you use a computer ?"
と訊ねてみた。
すると彼らは "No, rat !"

そこでようやく本物の生きたネズミが出現したということが理解できた。
ウチの部屋のドアと床のすきまにタオルを敷き詰めていいかどうかを訊ねているようだった。
逃がさずに捕らえようとしている。

バンクーバーは自然に恵まれているらしく、家の外では野生のリスを見かけることもある。
そしてアパートの中では、ネズミ・・・?

批判はしたくないが、彼らは使った食器やフライパン・鍋類を部屋の中に放置しているらしく、決してすぐに洗って元に戻すということをしない。
それもネズミの理由なんじゃないか・・・と思っている。

2009年10月8日木曜日

静脈血栓塞栓症

トロント大学から講師を招いて、静脈血栓塞栓症(VTE: venous thromboembolism)に関する講演会があった。

講師はVTEの予防に関するランダム化研究が50年前から行なわれており、また25年前から予防ガイドラインが存在するという長い歴史を引き合いに出しつつも、実際には予防策は必ずしも十分に行なわれていないという現状を紹介していた。

ある研究では概ね80%の病院においてしか、VTEの適切な予防策が講じられていないとのこと。
科別では ICU で最も徹底して行なわれており、ついで外科系で、内科系では実施率は低い。

リスクのない少数の患者では予防策は必要ないが、全体の85%程度と考えられるリスクを伴う患者では、100%施行すべきという考え。
あらゆるVTEの70%は病院内で発生しているため、血栓予防があらゆる入院患者の安全管理の第一に位置づけられると主張していた。

きちんと実施させるためには、シンプルなやり方が良いと再三繰り返していた。
例えば数ある抗凝固薬の中から1~2個、機械的な予防策から1個、合計2~3個を選ぶようなシンプルさが重要とのこと。

低分子ヘパリンが低用量未分画ヘパリンにとってかわったのもシンプルさを重んじた面が大きく、
① 投与回数が少ない、
② HIT の頻度が40倍少ない、
③ 全ての患者に対して使える、
④ 両者のコストの差は少ない
ことを原因として挙げていた。

本日の備忘録 (ネイティブに教えてもらった英語)
硬膜外穿刺などの際に、"a little pinch here (ちょっと痛いですよ~)" とか、"a little pressure (ちょっと押される感じがしますよ~)" などと麻酔科医が言っていることがある。
これはまあわかるのだが、"freezing" という言葉がさっぱりわからなくて困っていた。
今日はオペ室に日本でホームステイをしたことがあると言う医学生がたまたま実習で来ていたので尋ねてみたら、 概ね freezing = numb (しびれた)という理解で良いとのこと。
そういう freezing の使い方は聞いたことがないと思って numb の方を調べてみたら、「しびれた」のほかに「(寒さで手が)かじかんだ」と書いてあった。
う~ん、これは使える。

2009年10月7日水曜日

バンクーバーの光と陰

レジデントから学ぶことが多いので、今日も麻酔準備中のレジデントにいろいろと尋ねるため、アパートを早く出た。

6時半ごろ、まだあたりは真っ暗なのだが、病院の前の通りを歩いていた時のことである。
その時間帯は人通りは決して多くはないのだが、大通りに面しているので車はたくさん走っている。

誰かとすれちがった・・・と思った瞬間、背後から声をかけられた。
振り返ってみると、おそらく20才代と思われるブロンドのきちんとした身なりの女性だった。

彼女は近づいてきて、まず自分の名前を名乗り、次から次へと話し始めた。
彼女の英語はわかりやすかったのだが、内容がとりとめなく、しかしあえてまとめると以下のような内容だった。

① 自分はひとりぼっちで頼れる人がいない。あたりは暗いし、慣れない土地だからとても怖い。
② 昨晩はホテルに泊まったのだが、戻ることができない。(理由はしゃべっていたようだったが、聞き取れなかった)
③ ブラックベリー(ケータイ)が壊れているので、誰とも連絡ができなくて困っている。
④ 7時か7時半に出る船に乗るので、港まで30分かけて歩くつもり。

これだけ続けざまにしゃべったあと、こちらの反応を待っているようだった。

正直、とても困った。
たぶんお金が必要だということなんだろうが、だから恵んでほしい・・・とも言わないのである。

そこでそのままずっと立ち止まっているわけにもいかず、「悪いけど自分には何もしてあげられそうもないから・・・」と立ち去ろうとした時、彼女は
「3ドル貸してくれない? 今はあなたの名前も連絡先も知らないけれど、あとで返すから・・・」

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あとで指導教官に尋ねてみたら、これはドラッグにやられているか、家出している若者の可能性が高いということだった。
家を出てはお金がなくなるとまた戻る、みたいなことをくりかえす若者が、残念ながらカナダには決して少なくないとのことである。
ダウンタウンにいるホームレスとは、また違う人たちらしい。

こういう経験は自分には初めてでとても驚くとともに、この美しいバンクーバーもこういった社会問題とは決して無縁ではないことを改めて知らされた。

2009年10月6日火曜日

ひとつでも・・・

昨日、WINNERS で買い物をしていた時のこと。
レジで列に並んでいたら、目の前の70才代と思われる女性のところに夫とおぼしき男性が横からやってきて、「これどう?」と言わんばかりに売り物のサングラスをかけてみせていた。

女性は即座に首を横に振っていた。
どうも似合わないと思ったらしい。

2~3分くらいするとまた男性がやってきた。
今度は別のサングラスをかけている。
「今度はどう?」と言わんばかり。

そんなことを何度かくりかえしていたら、最後にその男性はやや丸みを帯びたレンズで、色がやや薄めのサングラスをかけてきた。
「おお、これは似合うっ」 と、赤の他人である自分もそう思ったが、女性もやはり気にいったようでペラペラ何かしゃべったあとで、
"You should get them."

そうか~ "them" か~、これがなかなか言えないんだよな~。
確かにメガネは英語で "a pair of glasses" だから複数扱いってことは大学受験でさんざんやったが、日常会話となると複数扱いにするのが本当に難しい。

もしもその男性が自分に意見を求めてきていたら、自分はたぶん
"You should buy one." あるいは "You should buy it."
などと言っていたと思う。
それでも通じるのだろうが、その男性が「サングラスのレンズの半分だけ買えってこと?」なんて思ったかもしれないなどと考えると、ちょっとだけ笑える。

2009年10月5日月曜日

夏支度(?)始めました~


写真はスタンレー・パークから、Lions Gate Bridge および北バンクーバーを撮ったもの。

10月になってからめっきり涼しくなってきた。
街にはオーバーを着ている女性がちらほら歩いている。
ただし、Tシャツ1枚で歩いている男性もおり、何が何だかよくわからない。

雨が降るとさすがにウィンドブレーカーではちょっと寒いので、今日は冬物を買おうと思って街に出た。
本格的な冬が来ても大丈夫なように、準備をせねば・・・。
Granville St. と Robson St. の交差点に WINNERS という店が入っているビルがあり、そこがユニク●っぽくて便利だと思っている。

が、アパートから外に出たら思ったより暑くて日差しが強く、とうてい冬物を買う気分ではなくなってしまった。
そういえば、もうすぐASA・・・、ニューオリンズに行くんだった。
と思い直し、半袖のシャツを買うことにした。

バンクーバーは基本的には涼しくていかにも秋なのだが、日なたは日差しが強くてジリジリする感じがする。
今までの週末はずっと快晴で、こればかりは本当にありがたい。

2009年10月4日日曜日

スタンレー・パーク


写真はスタンレー・パークにある石像。イヌイット文化の象徴であり、海路からはナビゲーションの助けとしていたものであり、友好、もてなしの気持ちを表しているのだそうだ。
先日、麻酔科の Head と面会の機会があった。
彼はとても気さくに接して下さり、その際にグーグルの地図を使ってバンクーバーのことをいろいろと教えて下さった。

たまたまその前の週末に自分が Burrard St. Bridge からの眺めに感動したと伝えたところ、彼がすすめてくれたのが、海岸線をめぐるウォーキングあるいはジョギング、サイクリングだった。
最近は3日のうち2日が雨というパターンが続いているが、今日はよく晴れていたためウォーキングに出かけることにした。

Head が示されたコースはとうてい全ては歩ききれないので、今日はスタンレー・パークの外周を一周することにした。
スタンレー・パークのホームページは以下の通りです。

たまたまふだんの通勤路とは逆に歩きたくなったので、アパートから10分位歩いてイングリッシュ・ベイ側に出て、そこから時計周りにブラード入江に向かって歩くことにした。
(地理に興味のある方は、日本語の Wikipedia を参照して下さい。詳しく載ってます。)

パークの内側はいろいろと複雑なルートがあるのだが、外周はきわめてシンプルにできている。
海に沿って歩くだけである。

人が歩く道と自転車およびインライン・スケートの道が白線で区切られていた。
Denman St. の北端(バラード入江側)に貸し自転車屋があり、そこでヘルメットと一緒に借りている人が多かった。

人はどっち向きに歩いてもいいのだが、自転車などは反時計周りに走らないといけないので、そこからスタートするのが便利なのである。
自分は時計周りに歩いたので、全ての自転車とすれ違う方向に歩くことになった。

自分としては比較的単調な西側の眺めよりも、スタンレー・パーク北端から Lions Gate Bridge および北バンクーバーの眺めが良かったように思う。
一周が8.8 km で、ゆっくり歩いて概ね3時間弱といったところだった。

次回は Head のもう一つのおすすめの、False Creek を一周歩いてみたい。

2009年10月3日土曜日

英会話はパターン認識(?)

写真は美術館を背にして交差点を写したもの。
楓の葉が黄色や赤に色づいていて、秋を感じさせる。

夏にバンクーバーに来た時に、英会話でひどく混乱したことがあった。
カナダプレイス付近の Subway に言った時のことである。

実は Subway での注文にはパンの種類とか焼き方とか決まった手順があるのだが、その手順を知らないとひどく苦しむことになる。
逆に自分はそこで英会話力を試したいので、あえてよく Subway に行く。

その時もやはり注文の会話に苦しんだのだが、最後にダメ押しのように店員が「アーユーヤパギー」と訊いてきたため、本当に混乱してしまった。
イントネーションが上り調子なので、おそらく疑問文で、「アーユー」は "Are you" なんだろうが、「ヤパギー」がどうしてもわからなかった。

もうお金を払い終わって商品を受け取っても同じことを訊いているので、きっと注文とは関係がないということはわかった。
5回くらい聞きなおしてもわからなかった。
そのうち店員が "Are you Korean ?" と訊いてきたので、そこでようやく「ヤパギー」が "Japanese" なんだということがわかった。

これは自分にとってはものすごく衝撃的なおもしろいできごとだったので、知人にしゃべりまくった。
ところがそれと関連して、つい数日前、おもしろいことがあった。

とある研修会の前に時間があったので、フードコートでアジア料理を食べようと思ったときのこと。
注文が終わると、店員が同じことを訊いてきたのである。
正確には「ヤ」がわずかに「ジャ」に近く、「ギー」が「ニー」に近かったけれど。
わかった、今度はわかった、あんたが何言ってるのかわかったよ・・・、叫びたいような気分だった。

ただ、そうだともそうでないとも答える必要はないとも思ったので、今度は余裕で "Why do you think so ?" と尋ね返した。
すると、「このへんには Korean は住んでないからね」みたいなことを言っていた。

どうも英会話はパターン認識が重要みたいである。
そういえば最近、院内でドクターたちがよく "What's up ?" といっているのがわかるようになってきた。
今まではネコの鳴き声のようにしか聞こえなかったのに・・・。

2009年10月1日木曜日

巨大スーパー発見

ブログのカレンダーと実際の日付けがずれることがある。
バンクーバーは現在、9月30日です。

月末なのでアパートのオーナーのすすめに従い、セブンイレブ●にバスと電車の10月分のマンスリー・パスを買いに行った。
バンクーバーはゾーン制を採用しており、同一ゾーン内ならバスや電車は同一料金で乗り放題なのであるが、自分の場合はアパートと病院が同一ゾーンなので、73カナダドルでパスを買った方が得なのである。
今までは月の途中だったので、10枚つづりの回数券(フェア・セーバー)を使っていた。

ところがセブンイレブ●では、もう朝のうちに売り切れたという。
今頃何しにきたのか・・・と言わんばかりの、まさに「木で鼻をくくったような」対応だった。
他にどこで売っているかとたずねても、やる気がなさそうに「あっちのセブンイレブ●かむこうのセブンイレブ●か・・・but, I'm not sure.」と言っていた。

しかたがないので、そのどこにあるのかわからないセブンイレブ●を求めてさまよってみようかと思った。
ところがそういう時に限って思いがけない発見があるもので、ふと目を上げると買い物客らしい人たちがいっせいにエスカレーターに乗って建物の中を上がっていくのが外から見えた。
見た目がいかついので、今までは銀行だとばっかり思っていたんだけど・・・。

ちょっと寄ってみようと思ってあとをついて入っていったら、なんとそこは巨大スーパーだった。
売り場面積はおそらく地元のマ●エツの10倍はあるだろう。
セブンイレブ●の比較にならないくらいでかいので、マンスリー・パスがないはずがないわけで、たずねてみたらやっぱりあった!

冷凍食品売り場やお弁当売り場、パン・果物売り場が超豪華で感動した。
今度からちょくちょく通うことにしよう。
何かちょっと得したような気がした。

2009年9月29日火曜日

記憶の衰え

今朝はさらに教官との打ち合わせ時刻が早くなり、それがなんと6時40分だった。
いったいどこまで早くなるのだろう・・・?
今朝のバンクーバは肌寒く、カーディガンとウィンドブレーカーを羽織ってちょうどいいくらいだった。

オペ室の中を案内してもらったりした後で、レジデントや教官と一緒に患者さんの入室を待った。
日本で自分が所属していた病院との麻酔や手術の違いはたくさんあるのだが、患者情報との兼ね合いもあるのでここに書くのはやめておく。

今日は自分の記憶力の衰えを感じたことが2つあった。
レジデントに「日本では硬膜外にどんな薬を使っているのか」と訊ねられた時、薬の名前が全く思い出せなかった。
かろうじてレジデントとの会話の中で、答えを導き出すことができた。

自分 「ブピバカインには2つの異なる物質が含まれてるんだよね」
レジ 「エナンチオマーのことですか?」
自分 「そう。そのうちの片方に心毒性があるから、ブピバカインは使ってないんだよ。」
レジ 「じゃあ、レボブピバカインですか?」
自分 「いや、もう一方のやつ。」
レジ 「ロピバカインですか?」
自分 「そうそう、それそれ。」

もう一つは、指導教官に挿管困難の時のデバイスについて訊ねられた時のことで、「エアウェイスコープ」という言葉がついに出てこなかった。

英語の語彙数は確実に増えているように思うが、その分、日本語の記憶がこぼれ落ちてきているのだろうか。
それとも単に加齢のためなのだろうか。

2009年9月28日月曜日

バンクーバー博物館

バンクーバーに着いてから、1秒も雨が降らない。
現地の人々によると、いまだに夏の気候が続いているのは異常なことらしい。

自分がひょっとしたら驚異的な「晴れ男」なのかもしれないが、たとえそうだとしてもこの奇跡的な快晴は長くは続かないはずなので、せっかくだから今日はちょっと歩いてバンクーバー博物館まで行ってみた。

バスではなく「歩いて」というところがミソで、途中の風景が楽しいのである。
写真は Burrard St Bridge から English Bay 側を写したもの。
ほとんど360度開けている展望をこれだけ小さく切り取らなければならないのが、本当に惜しく感じる。

バンクーバー博物館の中は、スペースセンターの入場受付窓口と隣り合わせに博物館の入場受付があるので、ちょっと戸惑ってしまった。
昔から現代に至るまでのバンクーバーの歴史が描かれているのだが、気になったのが第二次世界大戦勃発直後の日本人の扱いである。
彼らは "enemy alian" と呼ばれ、たとえカナダに生まれて英語を話していたとしても、日系だという理由だけで居住地を追われ、特定地域への出入りを禁じられるなどの厳しい扱いを受けたのだそうだ。

帰りもブラブラ歩きながら、昨日のドラッグストアへ。
今日は間違いなくラップを買えた。

ついでに水を4Lのボトルを2本買おうと思ってレジに持っていったら、レジのおばさんがわかりやすい英語で、「これ飲むの?」と訊いてきた。
そうだと答えると、「だったら spring water (わき水、天然水)を買ったほうがいいよ。これは distilled water (蒸留水)だから。」

違いが今ひとつわからないのだが、そういうものかと思ってアドバイスに従った。
日本にいる時は水を買うことはほとんどなかったので、すごく新鮮だった。
が、近いうちにぜひ distilled water とやらの味を確かめてみたいとも思う。

2009年9月27日日曜日

自炊(のマネごと)始めました

バンクーバー6日め (冬季オリンピックまであと139日)

部屋がフローリングなので、ほこりがすぐ目につく。
昔、医師公舎に住んでいた頃は、ほこりが数cm たまってもそうじしなかったもんだが、今はそういうわけにもいかないと思い、部屋と共同スペースを掃除した。

共同スペースをほうき(なぜか「ほうき」が置いてある)で掃いていたら、隣の部屋の住人が出てきて手伝ってくれた。
が、何を思ったのか彼はモップのようなものを持ち出し、水と洗剤を入れたバケツに浸し、大してしぼらない状況で床をゴシゴシと拭きはじめた。

当然のことだが、床はびしょびしょになった。
フローリングってこうやってそうじするんだっけ??

正直ちょっと混乱したが、逆側の隣人も先日そういうふうにそうじしてたから、そういうもんだと思うことにした。
でも自分の部屋は、しぼった雑巾で丁寧にふいた。

少しこちらの生活になれてきたし、フードコートのメシにも飽きてきたので、自炊のまねごとをすることにした。
日本から Lee 20倍カレーを持ってきたので、それを食うことにしよう・・・。

日本米は近所の日本食料品店で買った。
ひとめぼれ 2kg で 12.79カナダドル(=約1080円)。
高いのか安いのかよくわからないが、そういうものだと思うことにした。
でも、爽健美茶のペットボトル 2L が7.99 カナダドルだったので、きっと高いのにちがいない!

炊飯器は16カップ(たぶん16合という意味)まで炊ける、タイマーとかないシンプルなやつを29.99カナダドルで買った。
ふたがガラス製なので、炊き上がる様子がリアルタイムでわかる。

まあまあうまく炊き上がったので、ちょっと満足。
あらかじめゆでておいた卵といっしょにおいしくいただいた。

残りのごはんはラップにつつんで冷凍しておこうと思ったら、なぜか出てきたのはラップではなくアルミホイル??
なぜ?
商品名は "Reynolds Wrap" なのに??

確かによーくみると片隅に "ALUMINUM FOIL" って書いてある。
ちなみにラップは "plastic wrap" っていうらしい。
今度ドラッグストアに行ったら、まちがえずにジップロックを買うことにしよう。

2009年9月26日土曜日

ハンドソープ?

病院ではいたるところにウェルパスみたいなものが置いてあり、等身大のドクターやナースのポスターが「手をきれいにしよう!」と微笑み(すごみ)かけてくる。
実際、患者さんや医療従事者が手をきれいにするように、ここではとてもよく教育されているようだ。

インフルエンザ予防のつもりで自分も手洗い・うがいをするのだが、どうもこの前買ったハンドソープが泡立ちが良くない。
大量につけてもだめである。

これはまた英語を駆使してクレームつけなきゃ・・・と思ってよーく見たら、"hand sanitizer" と書いてある。
当然、こんな言葉は知らないので一応辞書で調べてみると、「手の除菌用ローション」?!

クレームをつけなくて良かった。
コスモポリタンへの道は本当に険しい・・・。

2009年9月25日金曜日

早朝の面会

指導教官と3ヶ月ぶりに再会することになったのだが、なんと午前7時の約束だった。
正直、早すぎる・・・と思ったが、そういうものなのだと思うことにした。

さすがに最初から遅刻するわけにはいかないので、アパートをシェアしている他の人たちには悪いとは思ったが、心を鬼にして目覚ましを5時にセットして5時45分に出かけた。
外は真っ暗だったが、一人歩きしている若い女性がちらほらいるくらいなので、そんなに治安は悪くないのだろう・・・と勝手に思うことにした。

駅までの道のりのうち、中年女性の物乞い(みたいな人)がいて何か言っていたが、全く聞き取ることができなかった。
かろうじて "coffee" と言っていたような気もしたが、意味がわからない・・・。

早朝にもかかわらず電車は6~8分程度の間隔で走っていた。
電車の本数はある割に中は空いていて、早朝の中央線各駅停車みたいなイメージ(?)

思ったよりも早く、6時半には病院に着いてしまった。
病院の中はすでにスタッフと患者がいっぱいいて、自分が勤めていた日本の病院とは全く違っていた。
さらに驚いたのは、秘書さんが6時50分にはいたことである。

ここはどうやら朝が早いらしい。
指導教官の一人は、「じゃ、ボクはこれからオペ室に行くから」みたいな感じで7時20分には去っていってしまったし・・・。
その分日本の病院よりも早く帰るみたいなので、日本を基準にすると全体的に時計が早い方向にずれているような感じがする。

午後はあてがわれたクリニカルフェローの部屋で、新しくもらったメールアドレスやいろいろなID、パスワードを使ってメールを送ったり文献検索したりした。
最後に ".ca" のつくメルアドをもらうと、本当に素朴なことだが北米に生きている・・・という実感がする。

2009年9月24日木曜日

ケータイ開通!

午前中は秘書さんたちと面会。
諸手続きを済ませ、さらに写真つきのIDを作成してもらった。
写真撮影をしてからIDができるのに数分もかからなかったが、写真のできばえは言っちゃ悪いが最悪だった。
日本で所属している自分の大学の方が、写真室の腕は格段に上である。

その後、昨日、購入したケータイを activate させようと思ったのだが、電話でのやりとりに四苦八苦してしまった。
電話の向こうで何言ってるのか、本当によくわからないんだよねえ・・・。

一応は手続きは済んだのだがいっこうに activate される様子がなく、まずはもよりのケータイ屋さんに行ったら、「昨日買ったところに行け」と言われ、昨日買ったドラッグストアに行ったら、「activation center に行け」と言われ、たらいまわしされた挙句、グランビア通りとジョージア通りの交差点にある activation center に行くことになった。

そこでは大勢の客がケータイを買おうと一列にずらりと並んでおり、これは日本では見かけない光景だったが、15分くらい待たされるはめとなった。
これまた四苦八苦して今までの経緯を説明して、店員もいろいろと苦労していたが、自分が昨日入れたカードをいじくりまわしているうちに、なぜか作動するようになった。

これで自分もケータイおよび自分の電話番号を持つことになったわけで、とても素朴なことだが北米で生きているという小さな実感を得ることができた。

2009年9月23日水曜日

ケータイは必需品

いわゆる「生活の立ち上げ」のために、多忙ではあったが能率の悪い日でもあった。

まず午前中に ダウンタウンの Beatty St. 沿いにある College of Physicians and Surgeons of BC へ行き、こちらに滞在している間だけの「仮免許」みたいなものを発行してもらった。医師免許などのコピーを含むあらゆる書類はすでに郵送してあったので、今回は学位と専門医認定書を見せてコピーする程度で、手続きは簡単だった。

そのまま Hastings St. と Granville St. の 交差点にある Vancouver Services Canada Centre に向かい、Social Insurance Number を発行してもらった。こちらも手続きはきわめて簡単だった。医師免許のコピーやその英訳などを取り寄せる一連の作業は本当に大変だったが、それが済みさえすれば意外とその後は楽なようだ。昨日の Vancouver 国際空港での Work Permit の申請も、他の誰よりも簡単に手続きが終わっていた。

その後、Canadian Medical Protective Association (CMPA) に電話して上記の免許の番号を伝えるという作業と、臨床教育センターみたいなところの秘書さんに電話してアポを取るという作業をしたのだが、これらはいずれも大変だった。もちろん英会話が苦手だというのはその通りなのだが、それ以上の苦難があった。まず、ケータイを持っていないので、アパートの共同電話を使用せざるをえないのだが、次から次へと必要な書類や情報を持ち出されるので、そのたびに部屋に戻ってかけ直さざるをえなかった。するとCMPAはかけ直すたびに違う人が出てくるので、そのたびに本人確認を要求されてたいへんだった。秘書さんについては留守にしていることがあるため、何度もかけ直さざるをえず、こちらもたいへんだった。

街を歩いてみると、公衆電話がほとんどないのに気づく。昨年春のサンフランシスコは数ブロック歩けば1台は見つかったのに、ここではほとんど見かけない。日本もそうだろうが、この街で生きていくにはケータイは必需品なのである。

そういうわけでケータイを買いに今度はドラッグストアへいったのだが、これがまた日本のケータイに負けず料金体系が複雑で本当に困った。ただ店員さんが、部活の後輩で麻酔科から転科していったK君のようなキャラだったので、まあ何とか楽しく買うことができた。もっとも、彼はこちらの英語がなかなか理解できずに困っていたようだったが・・・。

ケータイの種類はいろいろあり、しかも料金体系と組み合わせると気が遠くなるような近い選択肢があるのだが、とにかく今ほしいので、欧州で駐在員だった従姉夫婦のおすすめにしたがって "Pay as you go" みたいなのにした。まずは先に料金を払って charge するというやつである。やろうと思えば他にもいろいろできるかもしれないが、自分の英語力ではとうてい理解できなかった。

というわけで、今はまだ電話番号がない。インターネット経由でしかるべきところにアクセスすれば、番号があてがわれるらしい。

2009年9月22日火曜日

アウェーの洗礼?

バンクーバー第1日(冬季オリンピックまであと144日)

エアカナダで8時間ちょっとかけ、ついに再びバンクーバーにやってきた。
9月に全線開通したカナダトレインに乗るという選択肢もあったが、荷物が重いのでシャトルバスでダウンタウンに入った。

お目当てのアパートに着いたが、玄関に鍵がかかっていて、全く開かない。
呼び鈴を押しても反応が全くなく、約束をすっぽかされたか・・・と思わず疑ってしまった。

呼び鈴に反応がない場合は電話するようにと書いてあるのだが、ケータイは解約してしまったし、近くに公衆電話はないしで、これこそまさに「アウェーの洗礼か?」と強く感じてしまった。
15分位待って埒があかないので、隣のホテルから電話をかけようかと思った瞬間、中から人が出てきた。
ああ、助かった・・・という感じだが、時差ぼけで頭がはっきりしなかったせいか「追い込まれた感」はなかった。

近くに巨大なドラッグストアがあり、セブンイレブンのようなコンビニもたくさんあるので、何でもすぐにそろってしまいそうだ。
これからしばらく、いわゆる「生活の立ち上げ」に時間をかけなければならないのだろう。
駐在・留学経験者が言う「生活の立ち上げ」っていうのはこういうものなんだ・・・と実感した初日だった。

2009年9月17日木曜日

ケータイのあわれな(?)最期

もうすぐ日本を発つことになるので、ケータイを解約しに行った。
書面上の手続きは簡単に終わり、ケータイショップの店員がケータイの背部からICチップ(のようなもの)を取り出した・・・と思ったら、いきなりハサミでチップを真っ二つに・・・。

「これでもうあなたのケータイは使えませんからね」というデモンストレーションの意味はあったとは思うが、何か言葉で言い表せないショックというか、ちょっとギョッとするものがあった。
自分の仕事がそういう作業とは縁遠いからだろうか・・・。

自分の患者がペイン外来にわざわざやってきて、「契約を解除したい」と言うことはまずないし・・・。
ましてそういう患者がそれまで使っていたエピドラのカテを、わざわざハサミで切断することもないだろうから。

持って帰ってきたケータイは電源は入るものの今ではすっかり「ただの箱で」、生命のようなものが全く感じられなくなってしまった。
ちょっとあわれな気がする。


今日の備忘録 (駅前留学 ボイスにて)

"card" という単語には、(人に対して)身分証明書の提示を求める、という意味がある。
(例) I'm carded at the bar.

2009年9月15日火曜日

控えめな超ラッキー

神社でおみくじをひいた時のこと、めずらしく大吉だった。
家族は小吉だったり、末吉だったりで、近くにいたよそのオジさんは「また凶だった~」と言っていたので、大吉はそれなりにレアなのだろう。

ところが大吉にもかかわらず、コメントがあまりにもシブすぎて驚いた。
旅行 ・・・ やめておいたほうがよい
願い事 ・・・ 難しい
学問 ・・・ がんばれば成就するかも
などなど。
あんまり高望みずるな・・・みたいなことも書いてあった。

縁起の良い方位は「南」らしい。
バンクーバーは明らかに「南」ではないので、旅立つ前にしてはちょっとイマイチな内容だった。
大吉なのに・・・。

今日の備忘録 (駅前留学 ボイスより)
食べ物の texture に関する表現
chewy よくかむ必要のある
crispy (= crisp) 砕けやすい
crumbly 砕けやすい、もろい
crunchy バリバリかむ(いう)
hard
soft
slimy ぬるぬるした、粘液性の
sticky ねばねばする、粘着性の
tender
tough

2009年9月13日日曜日

新しい菌糸ビン










 中:もぐりこもうとしている    右:表面を掘った後のようす
   ところ 

左:中央に穴が・・・

近所のペット屋に菌糸ビンを買いに行ったら、いつもの1Lのものが1個しかなくて、そのかわりに 800ml のものがいくつか売っていた。

値段はどちらも1040円で同じなのだが、800mlのものは入り口が広くしかもフタがねじ込み式なので、幼虫の移し変えが容易でしかもコバエ対策が万全だと感じた。
そうは言っても容量が小さくなって値段が据え置きなことから、コスト削減の意味合いが大きいのだろうとも思った。

この800ml のものは開けると中に穴が開いているので(写真左)、きっと幼虫がもぐりこみやすいんだろうと思った。いや~、よく考えついたもんだなあ・・・。
ところが実際幼虫を入れてみると、確かにもぐりこむのだが(写真中)、何度やっても最後までもぐりこまずに戻ってきてしまう。

ひょっとしたら中の土は硬いのかもしれないと思っていつもと同じように表面をスプーンでほぐしたら、今度はスムーズに幼虫がもぐっていった(写真右)。
もうちょっと小さい幼虫だったら良かったのかもしれないが、さすがに2年目の幼虫には穴が小さくてもぐりにくかったのかもしれない。

2009年9月11日金曜日

秋の気配

ひなたはそれなりに暑いのだが、ひかげに行くと風が涼しく感じるようになってきた。
9月も中旬となり、夏とは明らかに違う感覚がある。

向こうの天気ははどうなのかと思って調べてみると、9/13~9/17 のバンクーバーの最高気温の予想は21~22℃、東京が27~28℃、札幌が22~24℃なので、けっこう涼しそうだ。
最近、鼻がちょっとグズグズするが、涼しさに負けないようにせねば・・・。


本日の備忘録 (駅前留学 ボイスより)
goose bumps = chicken skin 鳥肌
abduction は誘拐自体が目的だが、kidnap はさらに金品その他の要求が目的となる
huffing and puffing = heavy breathing ハーハーと息を切らして
bothersome わずらわしい、やっかいな
ladylike 淑女にふさわしい、しとやかな、上品な

2009年9月10日木曜日

日本心臓血管麻酔学会学術大会

毎年出席している日本心臓血管麻酔学会の学術大会に、今年も参加した。
今年はアジア心臓血管麻酔学会と併催のため、日本人以外の参加者が多いのがひとめでわかった。

本来ならばとっくにバンクーバーに行っているはずで、もともとは出席する予定がなかったので、当日の参加費ということで2万5千円だった。
海外の学会にくらべれば安い方だが、日本の学会としては高い方だろう。

午後は用事があったので、午前中の講演とランチョンセミナーに参加した。
一部は欧米人によるものだったが、中国、韓国の研究者による講演が多かった。

興味深かったのは、一側肺換気に関して米国とアジアの研究者による講演があったのだが、判でついたように一回換気量は 6~8ml/kg が良いと、全く同じ数値を挙げていたことだ。
伝統的な高換気量ではなく、しかも肺保護的とされる低換気量でもないところがおもしろかった。

2009年9月9日水曜日

ついにビザ取得

身体検査から3週間経ったのに、大使館からは何の連絡もない。
これはちょっとマズイんじゃないか・・・ということで、査証部に問い合わせてみることにした。

まずは電話をしてみたが、電話では返答してもらえないらしい。
メールでも問い合わせできるみたいだが、以前に別の問い合わせでメールを送った際に届かなかったことがあったので、それもちょっとやめることにした。
重要な内容なので、メールだと無用心な気もするし・・・。

それでファックスを送ってみることにした。
すると対応は意外に迅速で、30分ほどでファックスで返事がきた。
パスポート上の氏名表記と生年月日を知らせるようにとのこと・・・。
それでもう一度送り返したら、また30分ほどで「昨日、郵送した」との返答があった。

すると昼過ぎに待望の郵便配達がやってきた。
ビザは意外なほどにシンプルな印刷物で、権威ぶった署名のようなものは一切なかった。
しかも普通郵便で届くもんだから、長い間待っていた割にはあっけない。

これでまた一歩、バンクーバーに近づいた・・・か?


今日の備忘録 (駅前留学にて)

旅行などを経験した時に、自分の気分を表すのに役立つ表現。
feel pampered 手あつくもてなされている気がする
feel liberated 解放された気分である (liberating experience)
heart-opening
feel disgusted ~でむかつく思いをする。~にうんざりする。
lavished with care ぜいたくな、必要以上に多い
exquisite food 極上の、最高の、申し分ない
royally serviced すばらしいもてなしを受ける
 

2009年9月8日火曜日

大そうじの合併症?

研究室をしばらく去ることになるので、最近、研究室のそうじをしている。
とはいっても、長いことためこんだ不要と思われる物品が多いので、それらをまとめて捨てるのが主な作業である。

今日はそうじのあとで論文を書こうと思ったら、アレがない・・・。アレがないのである。
せっかく収集した文献のファイルがない。

どうやらいらないファイルと間違えて、捨ててしまったらしい。
こういうこともあろうかと思って、一つ一つのファイルをチェックしていたのに、さっそくやってしまった。

また、明日から再び文献を集めなければ・・・。
大切なデータを捨てたのであれば取り返しがつかないが、文献ならやり直しがきくから。

今日の備忘録 (駅前留学にて学んだ単語類)
conspiracy 陰謀、謀議
concur 一致する、同意する
prejudice 偏見、先入観
prejudge ~に早まった判断を下す
esteem 尊重、尊敬 (例) Firefighters are held in high esteem.
sneaky こそこそする、卑劣な

2009年9月5日土曜日

片道航空券の謎

乗り物に乗る時はたいていは往復での料金は片道料金の倍か、「往復割引」がある場合は倍よりも少し安くなる。
ところが航空料金に関しては、正規料金のことはさておき、ちまたでの売値では片道の方が往復よりも高いようである。

就学ビザがある留学生や、ワーキングホリデーの若者の場合は、それでも安く片道切符が手に入るみたいだ。
ビジネスマンの場合も、会社が出してくれるからいいんだろうけど・・・。

往復切符を買って片道分を捨てるという方法もあるらしいが、「復路を捨てた場合は正規料金を請求します」なんていうただし書きまであることもあるから、それも難しいのだろうか・・・。
みんなが感じていることだろうが、とても不思議なシステムだと思う。

2009年9月3日木曜日

トラベラーズチェック

円に対してカナダドルが安くなってきたので、Y先生のおすすめにしたがってトラベラーズチェックを買いに行った。

最初は手数料が安いというシティバン●に行ったが、カナダドルは扱っていないとのこと。
次に目の前にあったUF●銀行に行ったが、トラベラーズチェックそのものを扱っていないとのこと。
仕方がないのでUF●銀行で、近所でトラベラーズチェックを扱っている店を紹介してもらった。

するとそこでは手数料が1%から2%に上がったばかりだという・・・。
何かちょっと損したような気もしたが、その後いろいろと銀行のウェブサイトを調べてみると、みず●銀行もついこの7月から手数料が上がっているし、シティバン●でさえも10月から値上がりらしい。

この業界もひょっとして、やっていくのがなかなか大変・・・ということなのだろうか?

2009年9月2日水曜日

歯医者の麻酔

歯周病予防目的に半年に一度くらいのペースで、近所の歯科医に通っている。
ふだんは衛生士さんが30分位かけて歯をきれいにしてくれるだけなのだが、今回は虫歯が見つかってしまった。

今日は麻酔をしてから歯を削ることになっていたのだが、全部で20分位かけて4~5回注射することで、歯を削っても全く痛くなくなってしまった。
歯だけに麻酔がかかるわけでなく、顔の皮膚(三叉神経右第三枝領域)にも麻酔がかかり、顔が腫れぼったくてしかたがなかった。
正確には右側だけでなく、正中をわずかに左に数ミリ越えたあたりまで感覚が低下しているようだった。
帰ってから鏡を見ると、「ウ」の口の形をした時に、左側に下唇が引っ張られてゆがんでいるのがとてもよくわかった。

以前、三叉神経第二枝が傷害された患者さんがいて、「腫れぼったくて気持ち悪い」とよく言っていた。
確かにこんな感じが一年中続いたらたまらない。
SGB にすがる気持ちが少しわかった。

今日の備忘録
昨日、昔自分のオーベンだった E先生と新宿で飲んだ。
その時に教えてもらったことなのだが、"Facebook" というウェブサイトがあり、そこで数十年来の昔の友達(外国人)の消息をつかむことができたとのこと。
自分の写真などを登録しておくことで友人や家族と連絡がとれるだけでなく、今回のように昔の友人が外国から便りをくれるようなミラクルもあるらしい。

2009年8月30日日曜日

クワガタの養子縁組

バンクーバーに行っている間、家で飼っているクワガタが心配だ。
もともとは息子が同級生からオオクワガタのつがいを2年前にもらってきたのがはじまりだが、今では卵から孵ったのが幼虫~成虫が8匹ほどいる。

ウチは家族が基本的に昆虫が好きでないので、自分が全て面倒を見ている。
自分がバンクーバーに行ってしまったら、いったい誰が面倒を見るのだろう・・・。
そう考えると、不安で仕方がない。

今日は柔道場の飲み仲間でもあるMさんに、クワガタのオスとメスを1匹ずつもらってもらった。
明日はふだんお世話になっている秘書さんに、やはり2匹ほどもらってもらうつもり。

それにしてもカブト虫とちがって、クワガタって羽化する時期がまちまちなんだよねえ。
今日、土を掘り返してみたらまだ幼虫なのがいて、目があってしまってあせってしまった・・・。
幼虫もあせっていたようにみえた。

2009年8月29日土曜日

最後の柔道

3年前から近所の柔道場に通っているが、今日が自分も息子も最終日となった。
自分は1ヶ月ぶりに子供たちと会ったのだが、合宿を終えてすっかりみんなうまくなっているのにとても驚いた。

特に、6年女子の2人。
小外刈り、体落しが見違えるくらいうまくなっていた。
まさにこれって 「男子(この場合は「女子」)三日会わざれば刮目して見よ」 ってやつかなあ・・・。

館長、たいへんお世話になりました。
二段までいただいたのに、申し訳ありません。
またお会いできる日を楽しみにしております。

今日の備忘録 (職場近くの「駅前留学」にて)
英国では結婚式の一週間前とかに、花婿の友人あるいは兄弟が best man (花婿介添人)となり、stag party (stag night) と呼ばれるパーティーが催されるのだそうだ。老人や若者も含め花婿をよく知る男性が集い、相当ハメをはずすとのこと。飲み物に濃い酒を混ぜる (spike his drink) なんていうこともあるらしい。
一方、花嫁のほうは、 bridesmaid (花嫁介添人)がやはり hen party を催すこともあるそうだ。こっちの方が、過激になる傾向にある(?)と先生が言っていた。

2009年8月28日金曜日

カナダからの電話

朝、ふとんの中でうとうとしていたら、遠くで電話が鳴っているような気がした・・・。
と思ったら、どたどたあわただしい音がして、ヨメさんが
「たいへん! カナダから電話っ!」

何ごとかと思って電話に出たら、留学先の秘書さんだった。
ビザの取得状況や出発日を尋ねるために、電話をくれたらしい。
そういえば前日にメールをもらっていたが、返事を先送りにしていたっけ・・・。

ヨメさんは最初、英語の電話だったので、間違い電話かと思ったらしい。
ただ「カナダ」という言葉だけは聞き取れたので、ピーンときたのだそうだ。

とっさのことにあせったヨメさんは、「ショウショウオマチクダサイ」と日本語で話したのだそうだ。
その後で英会話本を片手に 「こういう時は、"Hold on, please." って言えば良かったんだね」って言ってたが、現地入りした後はこういう風に英語をひとつひとつ体で学んでいくんだろうな~。

2009年8月27日木曜日

最後の朝カン

昨日は休職前では、自分にとって最後の朝カンだった。
これが最後ということで挨拶することになったのだが、ビザがおりていないので出発日が決まらないし、まだまだ大学内をうろつくことになりそうなので、なんともけじめのない終わり方だった・・・。


ただ、事故なく診療を終えることができたのはとても嬉しい。
麻酔の安全は自分にとってのサブスペシャリティであるだけでなく、麻酔科医としてのモチベーションの原動力でもあるので、そこに最後までこだわり続けることができたことだけは誇りにしたいと思っている。


今日の備忘録 (久々の駅前留学より)
チャットなどで自分の意見を述べる際に、前もって使う表現とその略語について。


1) For what it's worth → ForIW 
(こんなことを言っても効果があるかどうかわからないが。あくまでも自分の意見だが。)


2) Your mileage may vary → YMMV
(効果は人によって異なります。)


3) In my humble opinion → IMHO
(私のつたない意見としては。)
単に "in my opinion" の方が簡単で、"humble" をつける時はイントネーションに注意しないと、かえって威圧的な印象を与える可能性があるらしい。

2009年8月25日火曜日

最後の当直

昨夜は、休職前の最後の当直だった。
特に急患もなくぐっすり眠れたのだが、目が覚めてからなぜか激しいくしゃみと鼻水が・・・。
幸いなことに熱っぽくはないし、関節痛もない。

麻酔をしていてもくしゃみがとまらないし、すぐにマスクの中がぐしょぐしょになってくるし、けっこうつらかった・・・。
当直明けということで午後はフリーだったので、早々にオペ室から引き上げた。

毎年、あまりの暑さに音をあげてきた当直室だが、なぜか今年はエアコンを入れなくても眠れるくらい涼しい。
ちょっと冷えてたのが原因か?

2009年8月24日月曜日

最後の外来

休職前の最後の外来が、無事終了した。
手術室での麻酔が決して簡単というわけではないのだが、ペインクリニック外来では意識のある患者さんを対象に満足のいく治療をすばやく提供し、しかも合併症が起こることを極力避けなければならないという独特の緊張感があり、自分はそれがとても好きだった。
振り返ってみると、長いような短いような2年間だった。

指導して下さったM先生、本当にありがとうございました。
看護師やクラークのみなさんも、いろいろとありがとう!
患者さんたちに対してはまた帰国後に会いたいような、一方では自分の休職中に痛みがなくなってペイン外来を卒業していってほしいような、複雑な気分です。

2009年8月23日日曜日

通信教育終了!

1月の終わりから取り組んでいた、アルク社の英語通信教育「TOEIC 800点攻略プログラム」が、ようやく終わった。
アルク社の通信教育を受けるのは初めてだったので不安もあったが、リスニング力や読解力の向上には大いに役に立ったような気がする。

それにしても、1日40~50分の学習時間を確保することが、これほど大変だとは思わなかったなあ。
最初の頃は結構余裕のペースだったが、学会発表や留学の準備やらで途中から苦しくなってしまい、結局は期限ぎりぎりになってしまった。

英語の達人への道は、本当に険しいと思う。

2009年8月22日土曜日

壮行会

昨日は大学前のホテルで、医局の先生たちが壮行会を催してくれた。
ここのところずっと大学におり、自分が人事異動に絡むこともなかったので、送られる立場になったのはものすごく新鮮な経験だった。
とてもありがたいことに、一人一人が激励の言葉を寄せてくれた。

右上の写真は、みんなが贈ってくれた花束。
本当にありがとうございました。
新しい生活に向けての不安がないと言えばウソになるが、きっと乗り越えていけると思う。

2009年8月19日水曜日

身体検査

カナダの査証部から身体検査を受けるようにという指示があったので、暑い中、とぼとぼ行ってきた。
基本的には病気があるわけではないので緊張する必要はないのだが、自分でも脂汗をかいて心臓がバクバクするのがわかった。

医局の先輩のO先生によると、身体検査から先の過程がさらに長いらしい・・・。
思ったよりけわしいバンクーバーへの道・・・。

それにしてももっと前からブログを始めていれば、留学への道のりの記録が残せたのに・・・。
いずれ、今までのいろいろな資料をひっくり返して、資料として残してみたいと思う。

2009年8月18日火曜日

学術集会最終日

同じ研究室に机がある某先生が、最優秀演題で表彰されたとのこと。
すごい! 良かったね、おめでとう。
日頃の努力が実ったということで、本当に良かったと思います。

今日の備忘録
1) 術中覚醒・記憶の頻度は、0.09~0.2%
  女性、若年者、心外・婦人科症例がリスクファクターとのこと。
2) PTSDには曝露療法が有効で、薬物療法には十分なエビデンスがない。
3) 想起に関しては、扁桃体から海馬へ働きかけると考えられる。
4) 長期記憶には新たなタンパク合成が必要。
  記憶固定化は CREB で促進され、ICER で抑制される。

2009年8月17日月曜日

学術集会2日め

学術集会2日めに参加した。ここ数年感じるのは、麻酔科学会会員が増えたためか、会場がどこも混んでいること。ランチョンセミナーの開始20分くらい前に行ったのに、もうお弁当がなくなって満員になっていた。もうちょっとゆとりのある広い会場だといいんだけれど・・・。

今日の備忘録
1) 骨がん疼痛モデルでは、モルヒネが効きにくい。カプサイシン受容体拮抗により疼痛が緩和される。医療用大麻(CB1受容体)が痛みに効く可能性がある。
2) 神経因性疼痛の機序:ミクログリア由来のBDNFが神経因性疼痛の原因となるニューロンの陰イオン濃度勾配の変化を引き起こす。
3) 術後疼痛管理:Multimodal analgesia、Context sensitive analgesia という概念
4) 幻肢痛:一次体性感覚野/一次運動野の再書き替えは、病的疼痛の発症基盤となっている。それらの再々書き替えが治療のカギとなるかも。

2009年8月16日日曜日

麻酔科学会初日

神戸の麻酔科学会学術集会に参加した。
新型インフルエンザで延期になったため、スケジュールが大幅に変更されており、残念ながら初日はプログラムが少なめだった。

今回はクールビズ学会宣言がされており、ほぼ全員がノーネクタイ、カジュアルウェアだった。
いや~、これは助かった。
暑くてスーツなんか着てられないから・・・。

心外麻酔関係のシンポジウムに出席し、一部の施設では熱心に凝固系、血小板機能のモニタリングをしていることを学んだ。
何となく止血がうまくいかないという状況よりは、いろいろな指標が与えられた方が、外科医も助かるだろうなあ。

今日の備忘録
1) 機械の名前 ROTEM / Multiplate (過凝固状態、線溶亢進がわかる)
2) 厚生労働省の血液使用ガイドライン
3) NICE-SUGAR 血糖値は144~180 mg/dl がいいらしい
4) 第3世代のHESに期待が持たれる。日本は第2世代。