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2011年8月4日木曜日

M 君とのデイナー

8/3 (水) くもりのち晴れ
 
以前に行ったことのある新渡戸記念庭園 Nitobe Memorial Garden の他に、UBC の中で行ってみたいと思っていたところが2つあった。
ひとつは UBC 人類学博物館 Museum of Anthropology (MOA) で、もうひとつは Bookstore だ。
 
Bookstore は広大な売り場に UBC グッズがたくさん置いてあるからで、おみやげにはいいんじゃないかと思っていた。
MOA は今回初めて行ったのだが、モスキアム先住民族の作品を中心に BC 州北西太平洋地域のもの、さらには世界中のコレクションが展示されており、とても興味深かった。
 
夕方はリッチモンドにある M 君の家に招待されていたので、出かけてきた。
自分が来るために、わざわざ米飯にしてくれたのだそうだ。
親日家でもある M 君の日本に関するさまざまなコレクションを見せてもらうことができた。
 
M 君は自分にとっては最初に仲良くなった地元のカナダ人で、一緒にハイキングに行ったり食事をしに行ったりしたので、とても名残惜しい。
またいつか日本で再開できることを楽しみにしようと思う。
 

2011年7月29日金曜日

Yaletown の日本風居酒屋

7/29 (木) 晴れのちくもり
 
ウチのホームステイの初代店子の K さんと一緒に晩メシを食いに行こうということで、Yaletown の Juno へ。
ここは日本風居酒屋で、日本酒はもちろんのこと、揚げ出し豆腐とか枝豆といったおつまみもあった。
 
もうとにかく今は、ラザニアとかパスタといった気分ではなく、とにかく日本食が食べたかったのでちょうど良かった。
日本に帰りさえすればいつでも食べられるのはもちろんわかっているのだが、食生活を始めとしていろいろな生活様式をもうムリにこっちに合わせようとしなくていいのだと思えば思うほど、日本のものを無性に食べたくてしかたがなくなる。
 
最後に食べたご飯ものはユッケだというから肉かと思ったら、実はサーモンだった。
その他、野菜天ぷらとか刺身とかいろいろあって、結局、K さんにごちそうになってしまった。
 

2011年7月25日月曜日

Lynn Peak --- 三度目の正直

7/23 (土) 快晴
 
昨年は何回か M 君とハイキングに行ったが、天候のせいで残念ながら一度もいい景色を眺めることができなかった。
特に Lynn Peak に関しては一回めは大雨で途中から引き返さざるをえなくなり、二回めは道にさんざん迷ったあげくにピークに到着したものの、あたり一面が霧で何も見えなかった。
 
今年は日曜はずっとテニスをやっていたということもあり、この日が今年初めてのハイキングだった。
去年のツキのなさがウソのように晴れわたり、絶好のハイキング日和だった。
 
Lynn Peak の心肺系へのキツさは Grouse Grind とほぼ同様だというのがもっぱらの評判だが、Grouse Grind よりも道が悪く岩だらけでしかもその岩がゆるいので、足をとられないように歩くのが大変だ。
眺めの良い場所に出さえすれば苦労が報われたと感じるのは、Grouse Grind と同様だろう。
土地勘がイマイチないのであまり自信がないのだが、頂上近く(正確には頂上ではない)からは Burrard Inlet と Ironworkers Memorial Bridge、その向こうには Burnaby の街並みが見えていたのだろうと思う。
 
夕方からは大家さんが送別会を催してくれた。
友達を連れてきてもいいということだったので、M 君をそのまま連れて家に戻り、たくさんのお客さんたちと飲んだり食べたりした。
 
デザートはチーズケーキを所望していたのだが、大家さんのチーズケーキはとてもおいしく、お客さんたちの評判も高かった。
M 君も Language Exchange を通してヒサンなホームステイの現状をたくさん知っており、彼の目からみても自分がこの大家さんとめぐり会えたことは幸運だということになるらしい。
 

2011年7月18日月曜日

New Westminster

7/17 (日) くもり一時霧雨
 
結局、ロッキー・マウンテンはおろか、ウィスラーもシアトルも行くことなく帰国することになったが、せめていわゆる近場の観光地ぐらいは制覇しておこうと思い、ニューウェストミンスターに出かけてきた。
動物園や遊園地には興味がないし、スティーブストンは先日 M 君が連れて行ってくれたので、残るはニューウェストミンスターぐらいかと思っていた。
 
最初からスカイトレインでダウンタウンまで行けば良かったのだが、地図で見ると何となく海岸沿いを歩いてみたくなり、22nd Street で降りててくてく歩いた。
ところがあたりは工業地帯のようで海には近づけず、しかも地図上では何となく幻想的に思えたポプラー島は本当に何にもないただの島で、ちょっとがっかり・・・。
 
次のニューウェストミンスター駅まで行くと海のそばに出られ、ようやく眺めが良くなった。
晴れていれば良かったが、ずっとどんより曇っていた。
マーケットもあったが混み合っているわけでもなく、散歩するにはいいところかもしれない。
 
ロイヤルシティセンターで買い物でもしようと思い、ひたすら坂を上っていった。
口コミ情報によく書いてあるとおり、確かに坂が多い。
汗がだくだくになった。
しかし日曜日のためか、ロイヤルシティセンターの中はほとんど閉まっており、そのまま退散。
静かで住むには悪くなさそうな環境だが、日本人が書き込む掲示板にはあまりいいことは書いていない。
 
夕方はまた K さんとテニスを楽しんだ・・・っていうより、最近はテニスの技の研究と言うほうがふさわしいような気がする。
お互いの長所と短所を指摘して、長所を伸ばして短所を克服するにはどうしたらいいか、課題を見つけながら取り組んでいる。
 

2011年7月13日水曜日

Bento Box

7/12 (火) 晴れ
 
前日夜の残り物をふだんは昼食として食べているのだが、今日は病院内の友人である H さんに誘われ、Broadway 沿いにある日本食の食堂みたいなところに出かけていった。
その H さんの部署にニュージーランドから医学生が来ており、彼が日本語をちょっとしゃべれるというので、Language Exchange みたいなのをしようということらしかった。
H さんも日本に住んだことがあるので、きれいな日本語を話すことができる。
 
多くの日本食の食堂ではそうなのだが、われわれ4人が行ったところでも昼は Bento Box と称して、まさに弁当のようなものを販売していた。
種類はいろいろなのだが、われわれが食べたのはライス、チキンのテリヤキ、カリフォルニア・ロールが6つぐらい、野菜のテンプラ2~3個とエビのテンプラ、味噌汁、オレンジが一切れといったところだったと思う。
 
これでチップ込み8カナダドルはリーズナブルだと思う。
それなりにおいしかったし。
みんな箸はそれぞれまあまあ使えるのだが、ごはんが箸の間からぽろぽろこぼれてしまってかわいそうなぐらいだった。
 
その医学生と H さんの日本語の会話はあやしいところもあって、自分は時々何を言っているのかわからないことがあったのだが、奇妙なことにそんな時でも医学生と H さんはそれぞれ相手を理解していたのが笑えた。
ネイティブに通じない日本人の英語が、日本人同士では通じることがあるのに近いものがあるような気がする。
 
その医学生はいいやつなのだが、若いだけに男女の間のちょっとやらしい話題が好きみたいで、日本社会だったら絶対に白い眼で見られるようなことを、日本語で大きな声でしゃべるのでハラハラドキドキしてしまった。
母国語でないとどのくらい不適切なことを言っているのか、ニュアンスがよくわからないのかもしれない。
 

2011年7月9日土曜日

Britannia Heritage Shipyard

7/8 (金) 朝は雨、晴れたりくもったり
 
ガールフレンドができて、ここのところすっかりつきあいが悪くなった M 君だが、久々にリッチモンドで会おうという誘いがあり、仕事のあとで出かけてきた。
 
自分にとってリッチモンドというと、思い出されるのはアバディーン周辺のヤオハンなどのにぎやかな商業地域なのだが、M 君が車で連れて行ってくれたのは歴史的な建物がたくさん並んでいる海沿いの場所だった。
Murakami House とか Japanese Duplex という名前にあるように第二次世界大戦以前はここに日本人が多く住んでいて、どうやら海運業や漁業に携わっていたようだ。
 
このあたりはレストランをはじめとして店はたくさん栄えてはいるのだが、駅前とは違ったとても静かな場所で高級住宅地と隣接したところにある。
天気が良かったので、レストランでは外のテーブルで食事をしたのだが、太陽が傾いてくると冷えてきてしかたがなかった。
 
海のそばで散歩するにはとてもいい場所なのだが、今日は気温が 10 ℃台しかなく、半袖で出かけたものだから寒くて震えっぱなしだった。
暑いぐらいの日に来るのがちょうどいいのだと思う。
 

2011年5月10日火曜日

葬儀と友人のアドバイス

5/9 (月) くもりのち晴れ
 
大家さんの身近な人が、先週の土曜日に亡くなった。
その人には自分もお世話になっていて、何回か自宅に招いてもらったことがある。
 
週の後半に葬儀があるのだが、学会のための一時帰国の日程の関係で、自分は出席したくてもできない。
こういう場合は日本だとおそらく、出発前に御霊前を誰か家族に託すことになるのだろう。
機会を見つけて、仏壇に線香をあげるのもいいのかもしれない。
 
しかしここはカナダ。
こういう場合はどうしたらいいのだろう?
考えても解決しないので、友人の M 君にメールで尋ねてみた。
彼はカソリックではないが、カソリックのことにもかなり詳しい。
 
M 君によると、こちらでは葬儀の時に widow/widower が経済的に恵まれていない場合を除いては、お金を渡すようなことはしないのだそうだ。
そして彼の返事はまず ”Try not to assume” で、ずばり「大家さんに(どうしてほしいか)聞け」とのことだった。
そうしたらきっと言葉か祈りを求めてくるだろう、とも書いてあった。
 
今まで何回か友人たちのアドバイスに助けられてきたが、今回は自分にとっては「目からウロコ」だった。
確かにこういう “sensitive” なことに関してはあれこれ考えるよりも、特定の宗教を強く信じているわけでなければ、ここの習慣に従ってみるよりほかないのだろう。
 
また、ある人からは、某アジア系カナダ人が亡くなった時にたくさんの参列者がそれぞれ大量の花を持って集まってきたことに対し、「花(金)のムダ遣い」という評価が下され、それ以降、その教会では花の持ち込みを断っているという話を聞いた。
この世からあの世へ送られる時ぐらい、大量の花に飾られてもいいんじゃないかと自分は思ってしまうが、そういう考えが受け入れられないコミュニティもあるらしい。
 

2011年4月24日日曜日

Easter Celebration Services @ Burnaby

4/23 (土) 晴れ
 
クリスチャンではない自分にはピンと来ないのだが、クリスチャンにとってはクリスマスよりもイースターの方がはるかに重要なのだそうだ。
キリストが復活したのがこの時期なので、キリスト教の原点という意味合いがあるのかもしれない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A9%E6%B4%BB%E7%A5%AD
 
それで M 君に連れられて、クリスマスと同様に教会のイースターのイベントに行ってきた。
バーナビーにあるメガ・チャーチで、メトロタウンの駅から 130 番のバスで行くことができる。
http://www.willingdon.org/
 
クリスマスと同様に音楽と歌はたくさんあったが、劇のようなものはなかった。
おそらく教会員の有志がサークル活動のような形で、演奏や歌やダンスを今まで練習してきたのだろう。
クリスマスのイベントではただ劇や音楽を観たり聞いたりしただけだったが、今日はもうちょっとシリアスで、立って一緒に歌うことが期待されていたようだった。
 
もっとも自分はそういう歌は知らないので、どうすることもできなかったが・・・。
どの歌もほとんど歌詞は同様で、Jesus、God、redeemed、alive、rise といった単語がキーワードになっているようだ。
ちょっと自分は場違いなような気がしてならなかったが、本場のイースターがどんな感じかということは何となくつかめた。
 
その後で M 君と Kingsway 通り沿いでインド料理を食べ、コマーシャル・ドライブ近辺で飲むつもりだったがどこも混んでいて、結局コーヒーを飲んで帰った。
いつも思うことだが、日本から遠く離れて「外人」として異国で暮らしてみると、現地の友達の存在が本当にありがたく感じられる。
 

2011年4月3日日曜日

Greek restaurant

4/2 (土) 晴れ時々くもり
 
サン・ランまでもう2週間しかないので、Queen Elizabeth Park のまわりを2周走った。
右回りだと急な坂があまりにもきついので、左回りに走ったのだが、往復も合わせてタイムは1時間0分57秒。
タイムは以前とくらべて早くはなっていないが、1時間走りきったのできっとサン・ランは完走できると思う。
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M君がダウンタウンのギリシア料理のレストランに連れて行ってくれた。
Thurlow と Davie の交差点から歩いてすぐのところにある Stepho’s Greek Taverna という店で、地元ではおそろしく有名らしい。
http://dinehere.ca/vancouver/stephos-greek-taverna
レストランなのに “Taverna” (食べるな)というのが笑える。
 
M君には 20 分は少なくとも待つと言われていたのだが、実際には少なくとも 30 分は外で行列の中にいたと思う。
店の前で並ぶのは日本人ぐらいかと思ったが、カナダ人も本当に価値のあるものには並ぶらしい。
何軒か隣にもギリシア料理の店があるのだが、そちらは閑古鳥が鳴いていてかわいそうなぐらいだった。
 
ラム肉の串刺しになったのとサラダ、ポテト、ライスがついていた。
ダウンタウンに住んでいた時にバビロン・カフェのチキン・シュバルマにはまったことは前にも書いたが、その時と同じように銀の器にのっていたサワークリームみたいなのが本当に中毒になりそうなぐらいうまい。
もしも家の台所にあったら、夜な夜ななめずってしまいそうなくせになりそうな味だと思う。
 

2011年2月20日日曜日

Spanish restaurant

2/19 (土) 晴れ
 
めずらしく一日中晴れてはいたが、気温が低く肌寒かった。
夕方から久しぶりに M 君とメシを食いに出かけた。
年末に教会のイベントに誘ってもらって以来なので、2ヶ月ぶりになる。
 
Commercial Drive Station で待ち合わせ、Millenium Line に乗って隣の Renfrew Station へ。
そこから5分ほど歩いてスペイン料理の店に行った。
 
何を食べたかメモしておけばよかったのだがメモするのをすっかり忘れてしまい、ほんの数時間前のことだが今となっては記憶がおぼろげだ。
お好み焼きみたいなのにサルサと野菜をのせて食べたり、ちまきのような笹にくるまれているチキン料理を食べた。
 
こういう全く何の役に立たない情報をインターネット空間に流すことに一抹の後ろめたさを感じないわけではないが、かといって他に書くことも思い浮かばないので、とりあえず今日のところは日記がわりに載せておくことにする。
 

2010年12月21日火曜日

クリスマスイベント・イン・バーナビー

12/20 (月) くもり
 
M 君に誘われ、M 君がふだん通っている教会のクリスマス・イベントに行ってきた。
メトロタウンからバスに乗り、10分ぐらい行ったところにある超巨大な教会。
 
開演が7時だったのだが、なるべくいい席に着きたいということで早めに出かけ、教会の中で開演まで1時間半ぐらい待っていたと思う。
ふだん牧師が説教する2階建ての建物の中に舞台があり、教会のボランティアが5日がかりで家などの小道具をそこにこしらえたのだそうだ。
 
ダンスやオーケストラや劇も全てボランティアによるもので、4~5ヶ月かけて練習したと言っていたような気がするが、ここまでくると部活のようだと思ってしまう。
歌の様子をビデオに撮ったので、載せておくことにする。
 
劇はおおまかには理解できた。
会社を経営する超大金持ちの社長が主人公なのだが、たくさんの使用人を家に雇い、毎年クリスマスにパーティを開き、おいしい料理を食べて会話を楽しむような不自由のない生活を過ごしていたが、心に空しさが募るばかりで顔色がさえない。
家族が心配して精神科にかかるように勧めるが、医師は何も問題がないと言う。
 
たまたま見つけた教会にふらりと立ち寄り牧師としばらく会話をし、街で出会った聖書を持つホームレスが幸せそうにしているのを見て、立ち直るきっかけをつかむというストーリー。
残念ながら、劇の最高の盛り上がりのシーンにもかかわらず、牧師とホームレスのせりふがほとんどわからず、なぜ主人公が立ち直ったのか全然わからなかった。
M 君によると、牧師とホームレスはそれぞれ英国訛りがきつかったとのこと。
 

2010年12月20日月曜日

コリアンレストラン・イン・ダウンタウン

12/19 (日) くもりのち晴れ
先週はさぼってしまったが、2週間ぶりにいつものコースを走り、1時間0分12秒だった。
 
1ヶ月ぶりに M 君と一緒に晩メシを食べに、ダウンタウンの Shabusen へ行った。
しゃぶしゃぶを思い起こさせる店名だが実際は日本食もあるコリアンレストランで、焼肉、スシ、天ぷらなどがあった。
http://www.urbanspoon.com/r/14/181618/restaurant/Downtown/Shabusen-Yakiniku-House-Burrard-Vancouver
 
1年間もダウンタウンに住んだのに恥ずかしながら食い放題 (All you can eat) の店に入るのは初めてで、注文の仕方からして戸惑ってしまった。
テーブルの上に白い注文票があるので、注文したい料理の横に数字を書き込むということを学んだ。
 
麻酔のあとのピンクのコスト票を思い起こさせるものがある。
アナペイン 1V、ディプリバン 1V ・・・みたいな。
一皿あたりの大きさがわからないし、残すとチャージします・・・みたいなことが書いてあるので最初はおそるおそる注文したが、2回目からはもう慣れた。
 
小ぶりのイカの原型をとどめた焼き物を、M 君は恐れて食べることができなかった。
彼の目には、さぞグロテスクに映ったことだろう。
 
話し変わってウチの下宿だが、今日はロシアからさらに新しい “student” が1人来た。
15才だというが、自分よりもはるかに背が高い。
生物種が異なるわけでもないのに、ほんのちょっと人種が違うとこうもヒトの仕上がりが違うものだろうか?
不公平感を禁じえない。
 

2010年11月22日月曜日

アパートのそばで飲んだ

11/21 (日) くもりのち晴れ
 
昨日の雪で歩道は凍っていたが、いつものコースを走り1時間2分8秒。
最初は他にジョギングしている人がおらず、すれ違う人に奇異な目で見られていたが、10 時半過ぎからしだいに人が増えていった。
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ハイキングによく一緒に行った M 君と、今夜は久々に飲みに行った。
彼は最近ダウンタウンに引っ越したので、以前から興味があった Hapa Izakaya (葉っぱ居酒屋)に行くことにした。
http://hapaizakaya.com/
 
開店時刻ちょうどに待ち合わせていたので店の中はすいていて、ゆったりとしていた。
店が広い上に店の中にまばらにテーブルが並べられているので、他の客を気にしないですむ。
前に行った居酒屋はカウンターにぎっしりと客が並べられ、まるで養鶏場のニワトリがエサをついばむような感じで辟易したことを思い出した。
 
ビールを飲んで久々に刺身や焼きうどんを食べ、なんとなく生き返ったような気がした。
ホームステイのメシはうまいのだが、そこはやはり日本食とは違うので、食事で「ふだんの自分」を取り戻すことは難しい。
 
今日行った居酒屋が前に住んでいたアパートのすぐそばだったのだが、不思議と懐かしい気分にはならなかった。
アパートの自分がいた部屋はカーテンが閉まっており、きっと誰か借り手がついたのだろう。
メキシカンとコリアンがいた部屋はカーテンが開いていて、真っ暗だった。
 
メキシカンとは連絡をとろうと思っていながら、まだ果たしていない。
すでにアパートを去ったのか、気になるところだ。

アパートの近くの Donburiya には本当によく通った。
テイクアウトして部屋でボソボソ一人で食べるのは当時は普通のことで別になんとも思わなかったが、今となっては単身赴任の孤独を思い出させる記憶以外の何物でもない。
http://www.urbanspoon.com/r/14/1473852/restaurant/Robson-Street-West-End/Donburiya-Vancouver
 

2010年10月4日月曜日

Lynn Peak 再び

10/3 (日) 雨のちくもり
 
天気予報どおりくもりだったが、朝はとりあえず雨が降っていなかったのでほっとしつつ、Lynn Peak をめざしてノースバンクーバーに向かった。
ところがバスを降りて Lynn Headwaters Regional Park へ向かう段になって、先週と同様に雨が降り出してきた。
今日はちゃんとハイキングシューズをはいていたし、昨日までは天気が良かったのでハイキングコースが濁流のようになっていることはないと考え、そのまま出かけた。
 
予想通りハイキングコースのコンディションは先週にくらべるとずっと良く、大家さんに借りた鈴をつけて登り始めた。
M 君の友達の情報によると、Lynn Peak までの登りは2時間半、帰りは1時間半ということだったので、それに合わせてペース配分した。
 
2時間程度で頂上近辺に近づいたことはわかったのだが、肝心の頂上をなかなか見つけることができなかった。
あっちへウロウロ、こっちへウロウロしているうちに、”1000 m Summit” というテープで木に貼ってある表示を見つけたが、あまりにも地味すぎるし、ハイカーが誰もいないし、全く景色の見えない場所にあるので、明らかにそれは頂上ではないと判断した。
本物の Lynn Peak は標高 992 m ということになっている。
http://www.vancouvertrails.com/trails/lynn-peak/
 
不完全燃焼の感は否めなかったが、仕方がないので帰ることにした。
最初はピンクのリボンの表示を頼りにもと来た道を歩いていったのだが、途中から黄色い四角の表示をあてにし始めてからしばらくして、道に迷ったことに気づいた。
人通りのない山の中なので、けっこうあせった。
しかたがないので、ピンクのリボンまで戻ることにした。
この時の心細さといったら、筆舌に尽くしがたいものがあった。
自分でも心臓がバクバクするのがわかった。
 
20 分ほどもとの道をたどっていたら、見覚えのある黄色い看板が目に入った。
その看板の裏には意外にも「Lynn Peak はこちら」と書いてあり、ひょんなことからついに頂上を見つけることができた。
天気が悪く何も見えなかったが、とりあえず頂上からの写真を載せておく。
 
頂上を見つけることができたのは良かったが、そこは実は来る時に通った場所で、ほかのハイカーが弁当を食べていたところだった。
そこは晴れていれば景色が望めるところだったが、あまりにもせまいことと、来る時は看板が目に入らなかったことと、2時間程度で着いてしまったことから、頂上だとは思わなかったのだ。
 
Goat Mountain の時は頂上に着く前に別の場所を頂上と勘違いしてしまったが、今回は誤って頂上を通り過ぎてしまったというわけだ。
日本とは違ってまさに頂上という場所に、「○○岳、標高××メートル」といった表示がないので、本当にまぎらわしい。
カナダではたとえ面倒に感じたとしても頂上かもしれないと思ったら、「あの~すみません、こちらは頂上ということでよろしいんでしょうか?」とそこにいる人に尋ねる必要があるとあると思う
 
登る時はどうやら本来のコースからいつのまにかはずれてしまい、思いがけず近道をしてしまったようだった。
そして自分たちが迷ったと思い込んだ場所は実は本来のハイキングコースで、結果からすれば全く問題のない状態だったらしい。
 
それでも山の中でたとえ一瞬でも迷ってあせったという精神的トラウマは簡単に消えることはなく、帰りは本来のコースを超慎重に引き返して行った。
本来のコースはどうやら大回りになっているみたいで、しかも M 君が右膝をまた痛めてしまったことから、帰りも2時間近くかそれ以上かかったと思う。
出発地点に戻った時の感動は大きく、「助かった~」としみじみ感じた。
Waterfront Station のバーで飲んだビールがうまかったことは言うまでもない。
 
日本のハイキングコースと違って、このノースバンクーバーのハイキングコースはよりワイルドで自然に近い状態で作ってあるように感じる。
油断していると、本当に簡単に迷ってしまう。
一人で行くことは絶対に薦められないし、できれば一度でも行ったことがある人と行くべきだと思う。
 
鈴についてはつけている人が他にあまりおらず、かなり目立っていたように思う。
“We are bears !” と言って襲い掛かってくる若いハイカーがいたり、一緒に歩いていたハイカーには「寺に向かうpilgrim (巡礼者)のようだ」と言われたり、”Sounds like Christmas” と言ってすれ違う人がいたりと、反応はさまざまだった。
 

2010年9月27日月曜日

Lynn Peak --- 挫折しました

9/26 (日) 雨 ふったりやんだり
 
ハイキングシーズンも最後だと思い、カナダ人の M 君と Lynn Peak へ行こうとしたが、結局は挫折してしまった。
 
Waterfront Station で待ち合わせし、SeaBus でノース・バンクーバーへ。
そこから 228 番のバスで Lynn Valley へ向かった。
Lynn Headwaters Regional Park の入り口を見つけるのに、30 分以上かかってしまった。
バスの停留所からまっすぐ歩きさえすれば良かったのだが、歩く距離は予想以上に長く、途中で余計なところで曲がったりしたために迷ってしまった。
 
入り口からは道は容易に見つけることができ、てくてく歩き始めたのだが、そのころから雨がだんだん激しくなってきた。
さらに困ったのは、Lynn Peak への道のりがだんだん険しくなるにつれて、昨夜からの雨のせいだと思うのだが、道の上の方から水がどんどん流れてきて、まるで濁流の中を歩いているような感じになってきたことだ。
 
道はすべるし足場が悪く崩れやすく、入り口から 40 分ぐらい歩いたところであきらめて引き返すことにした。
帰りの下り道は上りよりもさらにコンディションが悪く、よけいに時間がかかってしまった。
たいした靴をはいていたわけでもなく、準備も足りなかったように思う。
M 君は転倒しないように終始慎重に歩いていたが、かわいそうなことに帰りの SeaBus 乗り場であせって走ったために、思いっきりひっくり返ってしまった。
 
もう9月も終わりなので、おそらくよほどのマニアでない限りは、ハイキングは終わりなのだろうと思う。
秋から冬にかけての楽しみを見つけなければならない。
 

2010年9月6日月曜日

Goat Mountain

9/5 (日) くもり
 
バンクーバーにお住まいのAさんのおすすめで、Goat Mountain へハイキングに行ってきた。
Goat Mountain は Grouse Mountain から近いのだが、自分がいろいろな人に訊いた限りでは知っている人はほとんどおらず、地味な存在のようだ。
http://www.vancouvertrails.com/trails/goat-mountain/
 
カナダ人の M 君と一緒に行った。
天気が良くなかったので自分は比較的重装備だったのだが、彼は大胆にも半袖と短パンの格好で、片手に水筒を持っているだけだった。
 
彼は20才代半ばで若いだけあって、 Grouse Grind も疲れを見せずにどんどん行ってしまう。
自分にとって3度目の Grouse Grind は1時間15分もかかった。
どうもタイムは荷物の重さによって大きく変わってくるらしい。
 
Grouse Grind の後で Grouse Mountain の左側の道を通ってGoat Mountain へと向かった。
ものすごい霧の中を進んで行くことになった。
途中、小雨が降ってくることもあったが、幸いなことに大降りにはならなかった。
 
最初は舗装されているから良かったのだが、そのうち細くてアップダウンのある山道になった。
Alpine Route と書いてある道を進むのだが、最後の方にはくさりを使ってよじ登るような急な箇所もあった。
近くにいたハイカーによると、事故で人が亡くなることはよくあるらしい。
 
石が積まれている小高い丘のようなところがあり、まわりのどこよりも高いことを確認し、頂上に着いたということで、軽くサンドイッチを食べた。
たまたまハイカーが通りかかったので尋ねたら、なんと実はそこは頂上ではなかったので、さらに小道をどんどん進んで行くことになった。
本物の頂上はすごく広くて、ホームページに載っている通りだった。
 
笑えるのは帰りがけにその「にせの頂上」に通りかかったら、家族連れがそこによじ登っていたこと。
やはり彼らに同じことを尋ねられたので、そこは頂上ではないと教えてあげた。
「ここは頂上ではありません」と、看板を立てるべきだと思う。
 
Grouse Mountain から Goat Mountain への往復は、Grouse Grind の比較にならないほど長くて大変だった。
ホームページにあるとおり、往復でほぼ4時間かかった。
M 君は古傷の膝を痛め、自分は太ももの筋肉がつる寸前だった。
帰りに一瞬晴れた時があったので、その時に下界を撮った写真を載せておく。
 
帰りにスカイライド乗り場近くのレストランで、ビールとちょっとしたつまみを頼んだ。
そのつまみというのがシェアメニューで、おそろしく小さいハンバーガーが3つだったのだが、肉の味とチーズの味の組み合わせが絶妙で、今まで食べたことがないくらいおいしかった。
M 君も絶賛していた。
けっこう高いのだが、あれを食べるだけのためにもう1回あのレストランに行ってもいいと思う。
 

2010年8月1日日曜日

ボロいビルの攻略

7/31 (土) 晴れ
アパートで生活する残り日数・・・あと2+3日

今日はここのところ続いているような快晴というわけにはいかず、グラウス・マウンテンよりも低いところに雲がかかっており、夕方には頂上付近はもやがかかっていた。
すっかり秋の気配を感じる。

スタンレー・パークのまわりをいつものコースで9km走ろうとしたが、屋外プールを右折したところで Sea Wall が工事のために封鎖されており、途中であきらめざるをえなかった。
今日は8kmちょっと走ったことになるが、タイムは43分39秒だった。
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日本に戻る前に仕事をひと区切りさせないといけないので、今日は土曜日だったが診療録の閲覧に出かけた。
ちょっといやな予感はしていたのだが、土曜日ということでいつもの入り口が封鎖されており、ビルの中に入ることができなかった。
 
「このドアが閉まっている時は、反対側の救急部の入り口から入って下さい」とは書いてあるものの、どこにも救急部はなかった。
おそらく昔、救急部があったころのなごりのメッセージなのだろう。
 
東京にある自分の大学の研究棟が似たようなボロいビルなので(ひょっとしたらもう取り壊されているかもしれないが)、その経験からすると絶対にどこかに入り口があるはずなので、執念深く探すことにした。
人に訊こうにも、土曜日だから誰もいなかった。
 
とりあえずつながってそうな隣のビルの1階に入ったが、1階どうしは施錠されていて通れないことがわかった。
それならば2階どうし、あるいは地下どうしがつながっているはずなので、地下にいったん降りてみることにした。
 
ボロボロのビルでしかも人が誰もいないので、本当に心細かった。
何度も迷子になりそうになったが、ついに地下どうしがつながっていることを発見。
東京でのボロい研究棟住まいの経験が役に立った。
つまらないことだが、本当にどんな経験が役に立つのかわからないものだと思う。
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仕事を5時で終え、カナダ人の友人M君と飲みに行くためにリッチモンドへ。
おそろしく空いているスポーツ・バーで飲んだ後、おそろしく混んでいる中華料理屋へ行った。
リッチモンドだけに中国人がいっぱいで、本当にここは中国なんじゃないかと思うぐらいだった。
 
アパートに戻ってから、久々にメキシカンと会った。
こうしてアパートで会うこともなくなるので、メールアドレスとケータイの番号を交換した。
イングリッシュ・ベイの花火も終わりだし、季節の変わり目とともに別れの季節のようなものを感じさせられる。
 

2010年7月5日月曜日

北の家で飲んだ

7/4 (日) くもり
アパートで生活する残り日数・・・あと29日 
 
右の写真は、カナダ・デイの時にカナダ・プレイスで撮ったもの。
昼間が長いので、花火は10時半からだった。
花火が上がったあとでけむりがもうもうとしているので、意外と花火を写真におさめるのは難しいことがわかった。
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今日は夕方からカナダ人のM君と、Thurlow Street の北の家 GUU で飲んだ。
http://www.guu-izakaya.com/index.html
彼はおでんを食べたことがないというので、大根、はんぺん、ゆでたまご、ちくわなどをからしといっしょに食べさせた。
まあまあ気に入ってくれていたもよう。
 
インターネットで検索すると、この店は評判が高いみたいでかなり混むようなことが書いてあった。
開店直後の5時半過ぎに行ったのだが、確かにすでに満員に近い状態だった。
なんとか座れたけど。
店員がほとんど女性で、ものすごく活気のある店だった。
 
その後、ラーメン屋でまた飲んで9時ちょっと前に別れたのだが、予想していたこととはいえまだ外はかなり明るかった。
何か調子が狂う。
地元の人たちの多くはこの短い夏を心ゆくまで楽しもうとしているらしいのだが、自分としては遅くとも8時ごろには暗くなってくれるとありがたい。
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いつもの9kmのコースを走り、48分24秒(自己新)。
ふだんは前方から来るランナーに手を振ったりあいさつしたりする余裕があるが、今日は全然だめだった。
このペースであと1km(合計10km)走るのは、かなり難しいと思う。
 

2010年4月22日木曜日

英会話のあとのビール

4/21 (水) 雨のちくもり 夕方から一部晴れ
 
ここのところデータ採取で忙しいので週3回ペースくらいに減ったのだが、今日は夕方から英会話に行った。
ふだんは終わったらそのまま帰るのだが今日は妙に意気投合し、そのまま飲みに行った。
 
グランビル通りにはたくさん飲む場所がある。
グランビルとロブソンの角にある店に入り、ビールを飲んだ。
カナックスのゲームが店内で放映されており、得点が入るたびに歓声が上がっていた。
 
軽く飲んでサクッと帰るつもりだったが、なんだかんだで2時間弱くらいいたような気がする。
あたりまえだが、アパートで1人でちびちび飲むより外で誰かと一緒に飲むほうがずっとうまい。
しかもアルコールが入ると、英語が滑らかになるような気がするから不思議だ。