2009年11月10日火曜日

復路の変更(H.I.●. にて)

11/9 (月) くもり(昼食時は大雨) 暖かい一日

バンクーバーに来る際に往復航空券を買うか、片道を買うかで悩んだことがあった。
結局は往復を買ったのだが、それが4ヶ月のFIX だったため帰りを12月末に設定した。

ところがいつのまにか話が違っていて、実際は1年間のFIXOPEN だということなので、帰りはもっと先延ばしにしても良いということになった。
その間の一時帰国に関しては、バンクーバー発着の往復を確保するというわけである。

そこでさっき、帰りを先に延ばす手続きをするために H.I.●. に行ってきた。
東京でチケットを確保した時には変更は無料ということになっていたのだが、実際には 15 カナダドルの費用がかかった。
費用を徴収した以上は日本だったら会社名入りの領収証がもらえそうなものだが、こちらではなぜか領収証には会社の名前(H.I.●.)が全く載っていなかった。
なんかちょっとあやしい・・・?

また、来年の夏休みに帰る便も確保できたらしいのだが、年末から来年夏に便を変更した旨を記載した控えをもらうことができないというのも、なんとも不満の残るところだった。
つまり、H.I.●. 社のコンピュータ上のやりとりを全面的に信用するしかないというわけである。

まだ年末までには時間があるが、そろそろ一時帰国のことも考えなければならなくなった。
9月21日にこっちに来て一時帰国まで3ヶ月ちょっとあると思っていたのだが、今がちょうどその3ヶ月の半分たった時期である。
残りの半分で何とか研究のプロトコールを完成させ、さらに英語力もアップさせたいものである。

2009年11月8日日曜日

ほぼ全快しました

11/7 (土) 雨 夕方からくもり

ここ2日間発熱がないため、雨の中だったが日本語学校にボランティアに行ってきた。
いつもは40分位歩いていくのだが、そこは少し慎重にバスを乗り継いで行った。

念のためいつもの咳止めを飲んだ行ったのだが、それが効いたのかあまり咳が出なかった。
働いている間もだるくなることもなく、熱っぽくもなく、好調だった。

倒産したマンガ喫茶から寄付されたという膨大な量のマンガの中から、「レガッタ」(原秀則)1・2・3・4・6巻を借りてきた。(なぜか5巻がない)
帰宅後に体温を測ったが、36.4℃だった。

ほぼ全快ということで良いのではないかと思う。
少し咳は残っているが、やがてなくなっていくことでしょう。

2009年11月7日土曜日

暖房設備復活

11/6 (金) くもり時々雨

体温は35℃台後半から36℃台前半をキープ。
30分くらい出歩いてきても全然大丈夫。
全身状態は悪くないのだが、いつものことながら咳が止まらないのが困る。

大学で勤務している頃、やはり1年に一度くらいはこういうことがよくあった。
清潔な手袋をした状態でレジデントに硬膜外ブロックを指導していたら咳が出始め、どうにも止まらなくなってしまい、患者さんが背中越しに「先生、大丈夫~?」と逆に気遣ってくれるような状況・・・。

夕方、近所のドンブリ屋でテリヤリ丼を買ってきたら、何か部屋が暖かい??
一瞬自分の身体に熱があるのかとも思ったのだが、おそるおそるヒーターに触れてみると、超熱い!
やった、ついに暖房復活!

一時は近所のホテルに避難することも考えたくらい寒かったが、なんとか耐えしのいだという妙に達成感のあった一日。

2009年11月6日金曜日

一難去って・・・

11/5 (木) くもり時々雨  

おとといの時点ではもうそれからの回復を疑わない状態だったが、実はそう簡単にはいかなかった。

昨日は朝7時からの勉強会に参加すべく早起きしたのだが、最初は無理をしない方がいいかと思い早めの午後2時ごろ帰ってきたが、そのころにはすでに身体が妙にだるかった。
さらに悪いことにまだアパートの暖房が回復しておらず、寒くて仕方がない。
しかたがないのでベッドで寝ることにした。

途中、英会話クラブからの電話で目が覚めたが、全部で4時間くらい眠っただろうか。
アパートのサブマネージャーが来るまでずっと眠っていた。
彼女はブランケットをさらにもう1枚、"COLD&FLU TIME TEA" というハーブティーを3パック持ってきてくれた。

「具合が悪いんなら靴下はかなきゃだめじゃない」と言われたが、「日本では靴下はいたままふとんに入っちゃいけないんですよ」と英語で言うだけの CPU メモリが自分の脳ミソには残っていなかった。

そのあと熱っぽいので体温を測ったら、なんと 38.7 ℃ !
測らなきゃよかった。
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前にこのブログで、自分のまわりはみんな元気な人たちばかり・・・と書いたが、昨日は自分の直接の指導医である J 先生がインフルエンザ(のような症状)で倒れるという事件があった。
自分が彼がいるはずのオペ室に行ったら、彼がいない代わりに若い麻酔科医がいて、「さっきまでいたんだけどインフルエンザになって帰ったよ」 と教えてくれた。

ものすごく驚いた。
と言うのは月曜日に会おうという彼の申し出を、自分の体調が悪いからと言う理由で延期してもらっていたからである。
しかも自分がその日の夜には発熱していたことを考えると、もしも彼がこの日にいたら自分がウイルスを撒き散らすことで彼の具合を悪くしていたかもしれない。
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今日は無理せず病院には行かないことにした。
体温は一貫して36℃台が続いている。
"Robitussin" というまずい咳止めの味にもすっかり慣れ、咳が減ってきたように感じる。
アパートの暖房が復活すれば、もっと状況は良くなるはずだと思う。

いよいよエピデミックが身近な問題として感じられ始めてきた。

2009年11月4日水曜日

医療機関訪問

11/3 (火) 晴れ

全身状態はかなり良くなってはいたのだが、昨日がものすごく寒かったこと、アパートの暖房設備が停止したことから、寒気が強くしかも咳が止まらなくなってしまった。
咳が止まらないのはとにかく苦しいので、今日は渡航前に契約した保険会社のつてで医療機関にかかることにした。

今日は比較的に冷静なためか体温計を見つけることができた。
36.9 ℃だった。
それでも熱っぽい感じはないことから、一時期はもっと高かったのかもしれない。

まず保険会社に相談しなければならないが、北米のほとんどの都市に関してはヒューストンの日本語窓口にかけることになっていた。
そこで各都市の日本語の通じる医療施設の情報が提供されるというわけである。

基本的には日本語でのやりとりとはいえ、外国語の施設名や住所のやりとりを電話でやるのは難しい。
そこで念のためにメールでも情報を送ってもらうことにした。
ただメールアドレスを正確に口で伝えるのも大変だったが。

イギリスやカナダのように医療が国民に基本的に無料で供給される国では簡単に医師にかかれないという印象があったので、その日のうちにかかることができたのは自分にとっては意外だった。

実際に行ってみると事務員の半分くらいが日本語の通じる職員で、その点はとても助かった。
しかし12時半に到着したものの診察してもらったのが2時半くらいだったので、2時間待ちだった。
もっとも自分のペイン外来でもそのくらい待てせてしまうことはよくあったが・・・。

医師が何人かいる中の一人が日本人ということで、正直なところ「地獄に仏」と思ったが、いざ話してみると「日本人の苗字を持つ、日本語が多少わかる医師」という感じだった。

自分が「先週の木曜の夜から全身倦怠感が・・・」と話し始めると、先生が「5日前から・・・、『せんしんけん・・・?』ってなに?」とおっしゃるような感じで、自分が日本語の医学用語を英語で説明するような珍妙な局面があった。

呼吸音の聴診では、「肺は大丈夫」とのことで安心した。
咳とかのどの痛みとか首より上の症状が中心の場合は、まあカゼでしょうと・・・。
Flu (インフルエンザ)の場合は全身の症状が強くて体中が痛くなったりするから・・・とのことだった。

実にあっさりした診察で、咳止めを出してくれるというのでそれを処方してもらった。
「風邪には抗生剤は効かないからね」と、当たり前のことをずばりと言われ、しかも本当に処方しなかった。

アパートの暖房はまだ復活していない。
けれど、たぶん隣のメキシカンの C 君の強い押しがあったためか、各部屋にブランケットが配給された。
C 君とアパートの経営幹部のやりとりを見ているとかなりはげしくやりあっているのだが、最後にはいい線に落ち着きつつしかもお互いに傷ついていない。

英語のできない自分に彼らを批判する資格はないのだが、もっとスマートに問題解決できないものかともどかしく思ってしまう。
しかしこれがアメリカ流なのかもしれない。

2009年11月2日月曜日

最強の獲得免疫(?)

11/1 (日) 晴れ サマータイムが終わるため今日は1日が25時間

先週の木曜日がとてつもなく寒く、ちょっといやな予感はしていたのだがすっかり体調をくずし、金曜日はすっかり寝込むことになってしまった。
眠いというわけではないのだが、身体が思うように動かないのである。
とにかくだるく、日中(午前7時~午後5時)の間だけでも7時間は眠ることとなった。

関節痛や筋肉痛はなかった。
アパートの3階に住んでいるためか、地下の洗濯機・乾燥機置き場との往復があり、両下肢の筋肉の疲労感は多少あった。
鏡でのどを見ると、口蓋扁桃が真っ赤だった。

こういう時のために体温計を買っておいたのだが、スーツケースの中や常備薬置き場など、いくらさがしてもない!
6月のバンクーバーの学会出張にはしっかり持っていったのに!

自分の最近の人生20年間の中では史上2位の具合の悪さであることから、慣れない異国の地でいくら日本語サービスがあるとはいえ、保険会社や医療機関に連絡するのは得策ではないと判断した。
幸いなことに高熱があるという実感はなかったため、とにかく現状より悪くしないことを目標に、風邪薬だけはしっかり飲んでじっと耐えることにした。

最悪のシナリオは脳炎と心筋炎の合併だ。
TEE の講習会でインフルエンザ心筋炎の動画を見た記憶が蘇る。

夜はともかく、昼にベッドでじっとしている時は、電灯とラジオをつけっぱなしにし、部屋のカギを開けておくことにした。
幸いなことに自分の部屋のドアには大きなガラス窓がついているので、もしも自分の意識が混濁したような場合、深夜になっても電灯が明るくラジオがついていれば、誰かが気づいてくれるものと淡い期待を持った。

ムコダインが効いたのか、深緑色の痰が多量に排出された。
こんな状態で全麻のオペを受けることになったら、呼吸器合併症は必発だ。

土曜日は多少は回復したが、それでも日中に5時間は眠った。
両上肢に痺れを感じることがしばしばあった。
自覚しない呼吸困難感を代償するための過換気状態か、あるいは電解質異常か?

あまり食欲はないのだが、何か食べて飲まないとダメになってしまうと思い、無理やり夕食を摂った。
これ以降、両上肢のしびれは出ていないので、電解質異常だったのだろうか?

今日は幸いなことに、日中はずっと起きていられた。
明らかに回復徴候。
咳が出てのどが痛いのだが、普通の風邪という感じ。

本当につらい週末だった。
これがインフルエンザだったかどうかはわからないが、今となっては最強の免疫を獲得したのだと思うよりほか仕方がない。

日本のことはよくわからないが、カナダでは今、ワクチン接種をめぐって一部でパニックに類似した状態になっている。
http://www.cbc.ca/canada/story/2009/10/31/swine-flu-clinics.html

「65才以下の慢性疾患のある患者とあたしたち妊婦が優先だっていうから来て5時間も待ったのに、ようやく玄関先まで順番が来たところでもう終わりってどういうことっ?!」
という怨嗟の声が、CBC のラジオから流れてくるのがわかった。

本当に一日も早い終息を祈るばかり。

2009年11月1日日曜日

ハロウィンのできごと

10/31 (土) 晴れ

今日はハロウィンで、街をいろいろな格好をしている人たちが歩いている。
これまでの自分の知識では仮装するのは子供たちだけで、子供たちのお祭だと思っていたのだが、意外にも20~30代くらいの大人も仮装していた。

近所の韓国料理屋では、店員がピンクの衣装を着ていた。
高橋留美子のアニメに出てきそうな格好。

マックでは魔女のような格好をしている女の子たちが食事をしていた。
なんか、秋葉原がなつかしい。

さらに驚いたのは、アパートに戻ったら見知らぬ若者男女4人が自分のユニットの共用スペースで、チゲ鍋のようなものを囲んで宴会をしていたことである。
彼らはたくさんの言語を操るようだが、自分の姿を見たら「おじゃましてまーす」と流暢な日本語であいさつしてくれた。
メキシカンの彼女が帰って来た時は、「ハーイ」と言っていたが・・・。

ハロウィンでは、こういうのもアリなんだろうか?
どこからどこまでがいわゆる「ハロウィン」なのか、さっぱりわからない。
ますます観察していかねば。